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Go West ! ルート66 の旅 8/8 <ニューメキシコ州> [>route 66]

 

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ルート66の旅は、今回が最終回です。これまでシカゴの起点を出発しニューメキシコ州アルバカーキまでやってきました。とても長い旅ですが、各町にはそれぞれ色があり、住人の生活があり、日本では伝えられていない真のアメリカを感じるものとなりました。日本人向けのパッケージツアーやガイドもないので、実際にルート66を旅することは簡単ではないかもしれませんが、短期間のツアー旅行では得ることの出来ないものを心に溜めることができました。

 

さて、今回もニューメキシコ州を紹介します。テキサス州からニューメキシコ州に入りツゥクムカリ、サンタ・ロサという懐かしさの漂う2つの町を通り過ぎました。そして、ルート66は2つにわかれます。前回は1937年以前のルート66を旅しました。大きく北に迂回するルートです。今回は1937年以降のルート66です。ほぼ西にまっすぐのびる山岳道路です。

 

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ご存じの通り、アメリカには国内に時差があります。西に向かって走る我々は時間帯のラインを越えると時間を1時間戻すということをしました。タイムゾーンが変わると1時間得するのです。大きく引いてみると、我々は太陽を追いかけて走っているのです。でも太陽の速度(地球の自転)のほうが車の速度よりも早いので、時間はどんどん経っていってしまいます。ただ、ちょっとだけですが時間のマジックが起こります。太陽は先に行ってしまいますが、ちょっとだけ追いついていくのです。

 

ニューメキシコ州の1937年以降のルート66は、州間高速40号線に塗りつぶされています。結果我々は高速道路をかなりのスピードで走ることになります。その時間が丁度夕方に重なると、かなり長い間マジックアワーを楽しめることになるのです。普通マジックアワーというのは、日が暮れる15分程度で終わってしまいます、我々が体験したのは、1時間以上も延々とマジックアワーが続くのです。夕日を追いかけ20分くらい経つと、空は赤くなります。速度を上げ西に走り続けると、40分以上この美しい夕焼けを見ることが出来ます。そして赤い空は紫色になりました。この不思議な色の空も20分くらい続きます。そしてやっと暗くなり、夜へと向かうのです。

 

この空のマジック。真西に走る高速道路で、晴れた日ならば世界中どこでも体験できますが、かなりの距離をまっすぐ西に進まなければならないため日本では不可能です。アメリカなど東西に長い土地があり、しかも平らであることが条件となると、実はそれほど体験できる場所がないような気がします。皆さんもアメリカ横断する際は、是非この1時間以上もある魔法の時間を体験してみてください。

 

州間高速40号線は、大きな山脈を上り始めます。ニューメキシコ州に入ってからすでに標高はかなり高くなっていますが、さらに登っていくのです。我々は、ここで雪に見舞われました。道になにやら白い粉が落ちているなあと思っていたらもの凄い勢いで雪が降ってきます。日本だったら道路は閉鎖されるでしょう。しかしアメリカでは特に規制もなく大型トラックがかなりのスピードで走っています。さらに進むと、パワーのない車がスリップしています。それでもなんとか事故を起こさず走り続けていました。そういう間にどんどん高度は上がっていきます。遂に路肩にはスリップして車線を外れた事故車が無数に現れます。近くに町はないようですが、パトカーが事故車両の脇に止まっています。この時期、毎日何台のパトカーが出動しているのでしょう。そして何人の警察官が常駐しているんでしょう。とにかく次から次へと事故車が見えてきます。殆どが単独事故です。複数の車両が衝突するケースは少ないようでした。事故が多発している光景を見て、車のスピードは一気に落ちます。そして渋滞が発生しました。雪の降る山の中で、慈渋滞すると、なんとなく嫌な雰囲気が漂います。どのドライバーも一刻も早くこの場を通り過ぎたいという焦りとスピードを出すと事故を起こす確率がとても高いというジレンマに陥っているのです。

そして1時間くらいすると道路は下り坂となり、だんだん高度が下がっていきました。それに伴い雪の量も少なくなっていきました。ただ、この下り坂が結構険しく、油断すると車ごと谷底に落ちてしまいます。ここでスリップしたら命はないでしょう。慎重に慎重にエンジンブレーキを使いながら坂を下っていきました。

 

するとアルバカーキの夜景が見えてきました。この町の光を見て安堵のため息がでました。アルバカーキの町は雪すら降っておらず、至って普通の生活をしている普通の町でした。数時間前の豪雪地帯のドライブはまるで悪夢のように感じました。

 

Town of Albuqurque

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アルバカーキはニューメキシコ州最大の都市で、人口は45万人だそうです。10階以上の高層ビルが9つあり、小規模ながら摩天楼を形成しています。町には学生の姿がおおく見られ夜はナイトクラブなどが賑わっています。旧ルート66は、町中を走っていて「ルート66ダイナー」とか「ルート66モーテル」という名の商業施設がかなりあります。

アルバカーキは、現在映画の町として有名です。「ハイスクール・ミュージカル」の舞台もアルバカーキです。現在アルバカーキは映画TV産業に対し特別な税制措置をとっています。撮影で使った制作費の中でアルバカーキで支払った税金を戻しているのです。100億円規模の映画の消費税はアメリカでは10億円程度です。これが戻ってくると言うことは、単純に税金分の節約になると言うことです。現在おおくのハリウッド映画が、ロサンゼルスではなくアルバカーキで撮影されているのはこういうからくりがあるのです。

政府は、この税制措置で何を得ているのでしょう?まず雇用があります。映画産業が定期的にアルバカーキを使うことでスタッフの雇用がうまれます。これにより失業率が減るのです。次にロサンゼルスから訪れるスタッフ、キャストが映画制作以外で落とすお金もかなりの量になるのです。これが町の商業を潤します。このように税で損して、その他で大きく理を取っているのです。

日本では、各町にロケーションボックスなるものができていますが、内情はただの田舎のミーハー集団で、映画産業にはメリットがありません。こういう本来の行政のシステムを日本は何故学ばないのか不思議です。

アルバカーキを歩いていると、映画撮影に出会えたりしますし、アルバカーキで撮影された映画のロケ地巡りをするのも楽しいですね。

ルート66関連だと、Royal Motor Inn、 Town Lodge Motel、 Aztec Motelなどの見所があります。

 

Night View of  Albuqurque

アルバカーキの夜景は、アメリカで一番だという人がいる程とても美しいです。それはニューヨークのものでもないしグリフィス・パークから見るロサンゼルスのものとも違います。星を鏤めたような横に広い夜景です。町の周りには何もないので、夜景が余計に引き立っているのです。この夜景を見るには、町の西側がベストポジションです。州間高速40号線は、アルバカーキを出ると緩やかに高度を上げていきます。この途中から見る夜景が最も美しいはずです。

 

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Granz Restaurant

アルバカーキを出ると、そこはメサが立ち並ぶ山脈です。丁度アメリカ大陸のコンチネンタル・ディバイドがある地域です。ここを境に雨は西海岸と東海岸に流れていくのです。景色はグランドキャニオンやモニュメント・バレーのような奇妙なものに変わってきます。このあたりはグランド・サークルと呼ばれるアメリカ国立公園郡の東端ということになります。山と言うより垂直に切り立った壁のようなメサ、その上に住む人々、深く削り取られた渓谷が現れてきます。急に別の惑星に来てしまったような景色に驚かされますが、このような不思議な景色は、この先アリゾナ州が終わりカリフォルニア州に入る手前まで続くのです。

グランツ(Granz)は、そんな地球ではないような景色の中にポツンとある町です。人口は9000人。かつて鉄道建設のために作られた町だそうですが、現在は農業が主要産業だそうです。そんな町にルート66が通ったので、宿場町という顔も持つことになりました。町は長閑で古き良きアメリカを残しています。グランツ・レストランもそんな佇まいの食堂です。

 

グランツからは、さらに標高が上がります。我々が行った時は、猛吹雪でした。アルバカーキ手前の山越え以上の雪となり、クラッシュしている車は数知れず、なんだか大変なことになってきました。それでもなんとかニューメキシコ州の端まで行こうと決意し、西に向かいました。結果直に遭遇することもなく無事予定通りルート66を走破しましたが、今振り返ってみるとグランツ-ギャラップ間はとても危険でした。

 

Roadrunner Motel

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ニューメキシコ州最後の町ギャラップにあるなんともかわいいモーテルです。隣にカフェも併設されています。ギャラップは旧ルート66がメインストリートになっていますので、観光は簡単です。町の東にこのロードランナー・モーテルがあり、西に次に紹介するエル・ランチョがあるので、その間を散策すれば良いのです。この町は、古き良きアメリカ、60年代のアメリカ文化の色を残しつつ、西部開拓時代の色も併せ持っています。この2つの相容れないデザインセンスが混じっているのが面白かったです。東側が60年代のアメリカ、そして西側が西部劇のようです。それがグラデーションとなって変わっていきます。

 

Motel El Rancho

かつて西部劇が全盛だった1937年にグリフィスによって建てられたのがエル・ランチョです。この町には、撮影のベースが作られました。エル・ランチョはハリウッドからやってくるキャストやスタッフを収容する豪華なホテルとして繁栄したのです。ホテルに入るとここに滞在したスターの写真が飾られています。映画史に残る有名人の殆どはこのホテルに来ているのではないでしょうか。ジョン・ウェイン、ロナルド・レーガン...彼らがここにいたことを考えるだけで楽しくなります。

現在もこのホテルは営業中です。

 

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Diary from the Traveler -----
イリノイ州、ミズーリ州、カンザス州、オクラホマ州、テキサス州、ニューメキシコ州と6州を横断したルート66の旅、遂にここギャラップで終了です。ギャラップを出ると、すぐアリゾナ州に入ります。アリゾナ州から先カリフォルニア州サンタモニカの終点までは、既に旅しており、その記録はこのブログに記しています。

ルート66全てを走ってみてわかるのは、アメリカという国の魅力とそこに住む人々の素晴らしさです。印象に残ったのは、景色というより住人の作り出した文化や彼らとの交流です。こういうアメリカの良い部分が日本で報道されていないのはとても残念です。 8回に渡りお伝えしたルート66の旅、お付き合いありがとうございました。

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Go West ! ルート66 の旅 7/8 <ニューメキシコ州> [>route 66]

 ルート66の旅、7回目はニューメキシコ州を紹介します。テキサス州からニューメキシコ州に入るとツゥクムカリという町に出会います。その後の町サンタ・ロサの先、旧ルート66は、ニューメキシコ州で2つのルートにわかれます。


1937年より前のルート:

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ルート66が企画されたときは、サンタ・ロサを通り過ぎると北に向かい、山を越えサンタ・フェに向かいました。そしてサンタ・フェを抜けると南に下りアルバカーキに到着します。アルバカーキからはまた西に向かって進みます。山をいくつも越えギャラップを通りアリゾナ州に入るのです。北側に大きく迂回するルート66。この道を作る頃は土木建築技術が発達していなかったので険しい山を回避しながら道を建設していったのでしょう。

1937年以降のルート:

しばらくすると、アルバカーキの東にある山々を通り抜けるルートが造られ、ルート66は、時間にして4時間短縮することになりました。サンタ・ロサから北ルートを通ることなくほぼ西に向かって道は延び、サンタ・フェを通ることなくアルバカーキに到着するのです。このルートができたおかで旅行者は大陸横断がかなり楽になったはずです。

 

今回は、古いルートを紹介します。1937年以前の北に大きく迂回するルートです。サンタ・ロサの先では、ちょっとだけ寄り道をしてニューメキシコ州のラス・ベガスにも寄ってみます。

 

Blue Swarrow Motel

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テキサスとの州境の町グレンリオはとても寂しいところでした。グレンリオを通り過ぎ、しばらく走ると、久しぶりに町に到着します。ツゥクムカリ(Tucumcari)という町です。町といってもテキサス州のアマリロに比べるとかなり小さいです。でもここには、町としての最低限の店と宿泊施設、いくつものガソリンスタンドがあるのです。そして右の写真のようなノスタルジックなモーテルが沢山ある町として知られています。

ツゥクムカリに到着すると、この町は典型的なルート66の町であるということを理解しました。旧道沿いにはカメラマンやデザイナーだったら興奮するほど沢山の「古き良きアメリカ」の町が残っているのです。60年代のモーテル、サイン、ダイナー、ガソリンスタンド、夜になるとネオンが美しく、まるで60年代にタイプスリップしてしまったのではないかと思えるほどノスタルジックな世界です。

ブルー・スワロー・モーテルは、そんな町にありました。ルート66を紹介している本や雑誌にはこのモーテルのネオンが必ずといっていいほど載っています。ルート66の代表的なポイントなのです。

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 実際に行ってみると、かなりくたびれた建物ではありますが、建設当時の面影を残しつつ、とても素敵なデザインにおおくの旅行者はうっとりするのではないでしょうか。部屋は狭いのですが、ルート66を旅する人ならば是非宿泊してみたいモーテルです。ここは、治安が悪くないので宿泊しても大丈夫だそうです。

ツゥクムカリの南を走る州間高速沿いには、全米チェーンのモーテル群、最新式のガソリンスタンドがたくさんあります。勿論チェーン店化したファーストフード店、レストランが軒を並べているのです。

町は完全に2分化され、栄えているのは南の新しい町です。かつて繁栄した旧ルート66の町は現在どんどん寂れて行っています。町の遺構は文化的な価値を見いだされず、どんどん破壊されています。私のような旅行者にとってこれら古き良きアメリカの遺産は大切にして欲しいのですが、産業としてなりたたないのでしょう。確かに私も懐かしいモーテルに泊まらず、新しくできたホテルに泊まってしまっています。この矛盾がルート66の全てを物語っています。人が便利を追求し、心が豊かだった頃を忘れてしまっているのです。
そんな矛盾を感じたツゥクムカリの町でした。

 

Rt 66 Restaurant

ツゥクムカリを過ぎると、道は上り道となりだんだん標高が上がっていきます。そして、その先には大高原地帯となります。高原の入り口付近に広がっているのがかわいらしい町サンタ・ロサ(Santa Rosa)です。サンタ・ロサもツゥクムカリのように古き良きルート66の面影を強く残している場所です。60年代のデザインが多数残されていて、何とも言えないほのぼのとした光景がそこにはありました。ルート66レストランもそのひとつです。

 

Club Cafe

ツゥクムカリ程ではないですが、この町も古い物は壊されていっています。かつて旅行者や地元の若者で賑わったであろうカフェがありました。しかし、残念ながら閉店しています。この遺構もいつまで残っているのか心配です。

 

Oasis Motel

現在も営業中のルート66らしいモーテルです。ツゥクムカリから西、カリフォルニアの手前あたりまでのルート66周辺にあるロードサイド・アトラクションのデザインは、ツゥクムカリ以東のデザインと異なります。ちょっと明るい色使いとPOPな印象が強くなります。メキシコの影響や西海岸の影響があるのだと思います。オアシスホテルのデザインもそういった影響を受けたこのあたり特有のものでした。

 

サンタ・ロサは、ルート66観光では軽視されがちですが、実は見所がたくさんあります。スケジュールではサンタ・ロサ観光の時間をゆっくりとっておいてください。

 

さて、ここから、高原地帯に入ります。新しいルート66と州間高速40号線は、西に進み、一気に山脈を越えアルバカーキを目指します。サンタ・ロサからアルバカーキまで数時間、町はありません。

今回は、この新しいルートではなく、旧道を走ります。サンタ・ロサをすぎ84号線を北上します。このあたりは草原です。遠くに山が見えますが360度大パノラマが楽しめます。ルート66は、かつてのサンタ・フェ・トレイルを通りサンタ・フェに向かうのですが、私たちはちょっとだけルート66を逸れ、ニューメキシコ州、ラス・ベガスに寄ってみました。

 

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Las Vegas Station

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有名なラス・ベガスはネバダ州にあります。同名ですが小さくどこか懐かしい町ラス・ベガスはニューメキシコ州にポツンとあります。旧ルート66から車で10分程北に向かうと現れるのですが、同じ名前でも印象があまりに違うのでとても違和感があります。

この町は、かつてサンタ・フェ・トレイルの宿場町として栄えました。鉄道も開通しかなり賑わったそうです。現在も使われている駅舎はとても洒落たデザインです。町外れに位置していますが、駅からダウンタウンまでは歩いて散策できるようになっています。この町は結構人が住んでいますが町自体は1900年前後のままです。でも古くはないのです。住人は石作りの古い町並みをきちんとメンテナンスして維持しているのだと思います。こういった文化はヨーロッパの都市と似ているような気がしました。

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ラス・ベガスのダウンタウン

Hotel Castañeda

1800年代後半になるとフレッド・ハービィという人が、ラス・ベガス駅の隣に洒落たホテルを建てました。ハービィは、鉄道網の発達により、大陸横断が東海岸の富裕層に流行ると感じ、中西部から西海岸の都市にハービィ・ハウスと呼ばれる高級ホテルを建築していきました。当時は、東海岸から西海岸までの大陸横断にはとても時間がかかりました。鉄道は夜行ではなく夜は駅に止まり、乗客は駅近くのホテルに宿泊したのです。しかしその頃の西部開拓時代の町は不潔で安心できるホテルもありませんでした。ハービィは、主要駅に有名デザイナーを採用した清潔で豪華なホテルを建設し、地元で美しい女性のみを採用しサービスを始めたのです。このビジネスは大成功します。東海岸からお金持ちが押し寄せ、ハービィ・ハウスが建っている駅周辺はとても潤ったそうです。このハービィ・ハウスで働く女性達の物語は、「ハービィ・ガールズ」というタイトルで映画化され主演はジュディ・ガーランドでした。

 

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 一世風靡したハービィ・ハウスですが、現在でも営業しているのは、グランド・キャニオンのエル・トバとサンタ・フェのラ・フォンダくらいです。殆どは建物自体が壊されてしまいました。

ラス・ベガスには営業はしていませんが、このハービィ・ハウスが残っています。ホテル・カスタネーダです。ラス・ベガス駅の隣にある立派な建物です。今でも営業が再開できそうな感じですが、入り口には板が打ち付けられ中には入れませんでした。

近年、アメリカではハービィ・ハウスの人気がでてきているそうで、ウィリアムスにあったハービィ・ハウスは修復されレストランとしてオープンしたそうです。このカスタネーダもいつの日か、再オープンして欲しいと強く思いました。


Santa Fe Old Town

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旧ルート66は、サンタ・フェの町の南側を通りアルバカーキを目指します。皆さんもサンタ・フェという町の名前を聞いたことがあると思います。ここは、アメリカができる遙か前からネイティブが町を築いていた場所です。プエブロ風と言われる土でできた建物があり、独特の文化を守っていることで有名です。

私がサンタ・フェについて知っているのは、このくらいでした。きっと京都のように、町は発展しているのでしょうが場所によっては昔の建物が残っているんだろうと思っていました。しかし、サンタ・フェに行ってみて私のイメージは簡単に壊されたのです。

サンタ・フェの町に入ると、赤土で塗られたプエブロ風の建物(アドビ建築)が見えてきます。この建築スタイルは土を手で塗って壁にしているので直線がありません。全ての壁や屋根は微妙にゆがんでいるのです。きっと自然界にはない直線がこの町にはないので落ち着けるのだと思います。

暖かみのある建物に感動し、早く町の中心に行ってみたいという衝動にかられるのですが、車を走らせるとびっくりします。町の全ての建物がアドビ建築なのです!店、レストラン、ホテル、ガソリンスタンド、個人の家々...全てが統一されているのでした。これは、本当に驚きました。

日本の歴史的な都市では、確かにポツポツと歴史のある建物が残っていてそこが観光スポットになっています。しかしほとんどの建物は、鉄筋コンクリートだったりモルタルだったりの建物です。1階建てもあれば高層建築もあります。

サンタ・フェは、町全てがアドビ建築で、高さ制限もあるようです。私は、車で町中や住宅地を走り回りましたが、全ての建物がアドビで、別の方式で建てられた建築物は見つけられませんでした。きっとサンタ・フェの町がきちんと都市計画を策定していて住人はそれを遵守しているのでしょう。

新しい建物は一番高いもので5階建がありました。これはきっと鉄筋で作られています。しかし、外観はアドビなのです。ここまでがんばって外観を作り上げている行政には感心させれました。

当然、世界中から観光客が押しよせ、町はものすごい数の観光客です。地方都市の観光ビジネスのお手本のような町ですが、よく考えてみると、ヨーロッパの都市も、サンタ・フェと同じように歴史と景観を大切にしているんだと気づきました。そういう町には人も集まる、と。

京都を代表する日本のいけてない観光地の役人達も少しはサンタ・フェを見習って欲しいと思いました。

 

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Albuqurque Old Town

サンタ・フェから南に進むと、アルバカーキに到着します。アルバカーキはニューメキシコ州で一番大きな町です。ルート66を辿ると、オクラホマ・シティ以来の大きな町となります。ここは、天災がない町として有名です。1年中晴れていて、竜巻や地震がないのです。かつては原爆の開発などが行われていましたが、現在は映画産業とIT産業の町に生まれ変わっています。ルート66沿いには、60年代のアルバカーキの町が復元され、若者で賑わっています。ここにはバーもあり洒落たレストラン、高級ホテルもあります。

この先の次の大きな町は、はるか先のロサンゼルスです。

 

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オクラホマ・シティを過ぎ、テキサス州、ニューメキシコ州と走ってくると、アメリカらしい360度の大パノラマが楽しめます。そして、ルート66沿いには小さな町がポツポツと点在しています。そこには、小さいながら町独自の文化や風習があることがわかります。訪れる町自体の小ささは変わらないのですが、西に行くに従い町に明るさがあるように感じました。おそらく日差しや土の色の関係もあるのでしょうが、町の建物やサインのデザインがPOPになっていき、住んでいる人々もネイティブやメキシカンの血が入り、我々日本人にはどこかホッとするのかもしれません。

ニューメキシコ州は、走ってみると旅行者には楽しめる地であることがわかりました。高原地帯のパノラマ、何でも揃うアルバカーキ、夢の中に来たようなサンタ・フェ、西部劇のような町、ゴーストタウン、プエブロ文化....

誕生してまだ日が浅いアメリカなのに、建国以前からある文化がニューメキシコ州を彩っています。そして、その文化が移民にも受け継がれているのです。

 

さて、最終回となる次回は、サンタ・ロサまで戻り、1937年以降のルート66を走ります。アルバカーキを通り、ニューメキシコ州とアリゾナ州の州境にあるギャラップまでを旅します。

お楽しみに!


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Go West ! ルート66 の旅 6/8 <テキサス州> [>route 66]


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ルート66の旅、遂にテキサス州に入ります。今回はテキサス州のルート66を全線お伝えします。アメリカを横断するルート66がテキサスを通っているのを疑問に思う方もいるかもしれません。ルート66は、シカゴからイリノイ州を南下し、ミズーリ州セントルイスからひたすら西に向かいます。そして、カンザス州、オクラホマ州を抜け、テキサス州の北を横切ることになるのです。なので、テキサスというとメキシコとの州境、南米、カウボーイ、ヒューストン...いろいろとイメージが浮かびますが、そのイメージのようなテキサス州らしい場所は通りません。テキサス州の北側とオクラホマ州の州境のようなところを走ります。よって、大きな街はないですし、テキサスらしい南部アメリカっぽい光景にもあまりお目にかかりません。そんなちょっと辺鄙なテキサス州を見ていきましょう。

旅行者の方へ:このあたりの旧ルート66は、ちょっと寂しいので、旅行者は一気に走り抜けたほうが良いと思いました。特に治安が悪いわけではありませんが、街には何もないですし事件や事故に巻き込まれても周りに人があまりいませんので注意してください。

 

You Drop In Cafe

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オクラホマ州とテキサス州の州境には何もありませんでした。そこには手つかずの平原と林があるだけです。州境を過ぎ、かなり寂しい道を30分ほど走るとシャムロック(Shamrock)という街に着きます。街の中心にある交差点、その四つ角に店があり、あとは数件のモーテルで終了、そんな小さな街です。交差点のひとつの角にあるのがユー・ドロップ・イン・カフェの遺構です。既に営業はしていないカフェ&ガソリンスタンドですが、建物はとても綺麗に保存されています。現在、この建物には観光協会と土産物屋が入っているので彼らがメインテナンスしているのでしょう。

 

建物はとても特徴的でちょっとメキシコの匂いがします。このカフェ、名前は子供が付けたそうで英語的にちょっと変なのですが、それが魅力となっています。ルート66の有名な観光名所となっていますので、このあたりを旅する場合は立ち寄ってみるといいかもしれません。

 

この街にはホリデイ・インがありましたが、旅行者用の施設は、他に見あたりませんでした。

 

Devils Rope Museum

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テキサス州はなんとも寂しい街が続きます。マクリーン(McLean)もそのひとつです。確かに街ですし人も住んでいます。でも何もないのです。いったいこの街の住民はどのように生計を立てているのでしょう。かなりボロボロの家が並んでいます。そして人気もありませんが、車は止まっているし家々からは生活の気配を感じます。

そんな何もない街に有刺鉄線博物館があります。有刺鉄線とは、進入禁止の土地の周りに張ってあるトゲのついた針金のことです。この針金には歴史があり、様々なタイプがあるのだそうです。そんな有刺鉄線について詳しくリサーチした博物館です。博物館に入ると時代ごと、地域ごとに形の違う有刺鉄線が並んでいます。興味があるかというとあまりないと思いますが、こんな風変わりな博物館がルート66沿いにはあるんです。そして、何気なく入ると意外と面白かったりします。

 

マクリーンのメインストリートはかろうじて舗装されていますが、それ以外は未舗装道がおおかったです。レンタカーは未舗装道走行は保証対象外ですので、この街を走るときは気をつけてください。

 

 

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Phillips 66 Station

マクリーンには、かつてルート66沿いで繁盛していたであろうガソリンスタンドの遺構が残っています。しかし、地元の人が観光の目玉にしようとペイントしてしまったので、せっかくのノスタルジックなガソリンスタンドは台無しになっています。これじゃあディズニーランドだなあとがっかりさせられます。ルート66を旅する人が望んでいるのは古き良きアメリカの匂いがする古くて懐かしいデザイン達です。どうもマーケティング能力に欠けた住人達がこのような失敗作を作ってしまっているのも、アメリカの田舎町の愛嬌ではあるのですが、色が塗ってなかったらさぞかし良い感じのスタンドだったはずです。

 

Cactus Inn Motel

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マクリーン唯一の宿泊施設です。かなりくたびれていますが絶賛営業中です。このモーテルは古き良きアメリカの時代を色濃く残していて、ルート66を旅する人にはとても向いているモーテルだと思います。建物はかなりくたびれていて、見た瞬間は営業していないのかと思いました。

近所には店もなくレストランもないので、手前の街で食事を調達しないといけません。そんな辺鄙な場所にあります。

私が行った真冬でもお客さんは結構泊まっていました。こういう昔懐かしいモーテルを泊まり歩く観光客も結構いるんだなあと思いました。確かにこういった趣のあるモーテルのほうが、ルート66を旅している気分に浸れると思います。私はホラー映画の見過ぎで、どうもこうした古いモーテルには泊まれないのでした。

このホテルはやはりメキシコの影響があり、ちょっとだけメキシカン・テイストです。テキサスから先は、こういったメキシカンテイストが濃くなっていきます。

 

Leaning Water Tower

マクリーンを過ぎ、しばらくルート66を走ると、遠くに変な構造物が見えてきます。これが有名な傾いた給水塔です。これまでも街ごとに給水塔があり、それぞれ特徴的なデザインとコピーで我々観光客を楽しませてくれてきましたが、この給水塔はルート66全行程で一番インパクトのあるものです。誰が何のために作ったのでしょう。この給水塔は実際に機能しているのでしょうか?近くには街がなく、給水塔に関する情報が入手できませんでしたが、おおくの観光客がこの給水塔の写真を撮っていました。

 

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Big Texan Stake Ranch
テキサスのルート66で唯一の大きな街がアマリロ(Amarillo)です。人口は18万人だそうで、街の主産業は予想通り畜産です。この街、面白いのはかつてヘリウムの生産が世界一だったそうです。ヘリウムというと変な声が出る気体ですが、気球に入っている空気より軽い気体でもあります。どうやって生産していたかはわかりませんが、こんなテキサスの片田舎でヘリウムが作られていたというのがちょっと不思議でした。

畜産の街には、有名ステーキ店があります。この街にはビック・テキサンというかなり品のない大きなレストランがありました。この品のなさがとても愉快で、旅行者のおおくが外観に惹かれ店に立ち寄るのだと思います。

私も看板に驚き、店舗のデザインに笑い、店内の装飾に苦笑いしながらとても楽しい時間を過ごしました。ここのステーキは巨大で食べ応えがあります。

 

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Cadelac Ranch

テキサス州で一番印象に残るスポットがこのキャデラック・ランチです。アマリロ出身の大金持ちスタンレー・マシューが作ったオブジェです。本物のキャデラックを10台地面に埋めて車体の半分が地面からニョキッと突き出ています。かなり遠くからも見えるので、ルート66を走っている人なら誰もが気づくはずです。近づくとキャデラックはスプレーで落書きされていますが、立派な近代美術です。賛否両論あるかとは思いますが、アマリロの観光スポットになっています。映画「カーズ」でも背景の山はこのキャデラック・ランチ風になっていました。

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Dot's Mini Museum
アマリロの街の郊外は動物の臭いがとても強烈でした。相当数の牛が放牧されているのでしょう。その臭いが薄くなると再び何もない平野が続きます。テキサス州が終わるまでにポツポツと小さな街がありますが、人が住んでいるのかどうかもわからないほど寂れていました。そんな街の中でも人の気配があったのがベガ(Vega)です。この街の住人が自分の庭を使ってかなりどうてもいいガラクタを集めて博物館を作りました。ルート66のガイドや旅行記にはこの博物館が良く出ていますが、実際に行ってみると「んー」。

Vega Motel

ベガにはモーテルがありました。このモーテルの看板が良い感じでしたが、経営しているのかどうかは不明でした。

 

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Midway Cafe

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これまた何もない街エイドリアン(Adrien)にポツンとホテルとカフェがあります。周りに何もないのに繁盛している感じがします。ここは、ルート66の丁度中間地点なのです。中間ポイントにはそれを示す看板が立っていて、おおくの観光客がこのポイントで写真を撮ります。このあたりには街がないので、止まったついでにカフェに寄るのでしょう。で、カフェは儲かるわけです。まさに観光地と化したミッドポイント、いったい何が商売になるのかわかりませんが、前後1時間ほどは何もないので、のどが渇いたりトイレに行きたいときは利用メリットは大きいはずです。

 

1st & Last Motel

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テキサス州最後の街はグレンリオ(Glenrio)といいます。家は数戸あるようです。住人は10人以下でしょう。街の機能はないようです。テキサス州とお隣のニューメキシコ州の州境にまたがって作られたのがファースト・アンド・ラスト・モーテルです。テキサス州から西に向かっている人、ニューメキシコ州から東に向かっている人、どちらにとってもその州最後のモーテルであり、次の州で一番初めのモーテルとなります。なかなかユニークなネーミングですが、このモーテルは現在営業していません。街に何もないため、ここでモーテルを営業するのは無理でしょう。かつては宿場町だったのかもしれませんが、今は、旧ルート66の直ぐ脇を州間高速が走っているので、ほぼ100%の車がこの街に気づくことなく通り過ぎてしまいます。でもルート66を旅する人にとっては理想の写真撮影ポイントとなっています。


Diary from the Traveler -----
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シカゴから1139 mile、数日をかけてたどり着いたルート66の中間ポイントにはカフェ以外何もありませんでした。テキサス州は、ここに紹介したいくつかのポイントはありますが、それ以外は特に何もないので、急いでいる人は州間高速に乗ってしまったほうが良いと思います。旧ルート66は、そのほとんどが残っていますが、ただの一本道でした。
唯一の都市アマリロ、ここには観光スポットや宿泊施設が多数あります。もし、旅行中に買い物をしたり宿泊したい場合はアマリロを頼ることになります。他の街は観光スポットだけ立ち寄り、昼間のうちに走り去ったほうが無難です。それほど寂しい場所でした。
オクラホマからテキサスに入って変わったこと、それは自然の凄さです。オクラホマでは土が赤くなりました。そして街と街の間隔が開いてきて、それに伴い人口も減っていきました。テキサスは、アマリロ以外街と呼べる町はほとんどなく、ひたすら平原が続いています。そしてだんだんと標高が高くなってきて今まで平らだった土地が隆起してくるのです。土地がでこぼこしているのはミズーリ州以来です。グレート・プレーン(大平原)と呼ばれるアメリカの中心がそろそろ終わり近づいてきました。自然の景色もただの砂漠から高原地帯に変化してくるんです。このグラデーションがとても美しいです。

次回は、ニューメキシコ州に入ります。メキシコと名前が付きながら、そこは高地でした。雪との格闘はまだ終わっていませんでした。

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Go West ! ルート66 の旅 5/8 <オクラホマ州> [>route 66]


前回に続き、ルート66の旅を記します。今回はオクラホマ州最大の都市オクラホマ・シティからテキサス州との州境までお伝えしていこうと思います。

 

<オクラホマ・シティ>

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オクラホマ・シティにはいくつも見所があります。ここでは、オクラホマ・シティをまとめて紹介しようと思います。まず、博物館ですがNational Cowboy and Western Heritage MuseumとScience Museum of Oklahomaがあります。前者はここオクラホマの代名詞とも言えるカウボーイの博物館です。町中にはウェスタン衣装に身を包んだ人々が歩いていて、なんだか別の国に来たように感じます。やはり牧畜が盛んで世界最大の市場があるのに頷けます。そして、その市場があるのがストックヤード・シティです。ここにいくと町中が何とも言えない牛の匂いで満ちています。そこには、ステーキ・ハウス、ウェスタンの道具屋さん、ウェスタン衣装の店が軒を並べています。私は、ここのステーキがとても好きです。日本ではなかなか食べることのできないアメリカンなステーキを安く食べることができます。

街のダウンタウンには、ブリック・シティというかつての倉庫街をリノベートした観光地があります。ここにはホテルもあり、観光の拠点にするには便利です。ルート66上には、残念ながら昔ながらの建物はなく、全て壊され作り替えられてしまっています。これは、大都市に行くとどこも同じなので仕方がありません。

 

Big 8 Motel

オクラホマ・シティを出てカリフォルニア州のバーストゥまでは、延々と州間高速44号線と平行してルート66は走ります。途中、高速に塗りつぶされているところもありますが、オクラホマ州内は、見事に高速の脇に旧道が残っています。オクラホマ・シティからのんびり走ること約1時間、2~3の小さな街を越えるとエル・レノ(El Reno)という街に入ります。ここには、ルート66では有名なビッグ・エイト・モーテルがありました。モーテルの看板や建物がノスタルジックで人気があったのですが、映画「レインマン」でトム・クルーズとダスティン・ホフマンが泊まった宿として一躍有名になり、ルート66ファンでなくても、このモーテルに訪れるようになったそうです。しかし数年前に経営者が変わり簡単に名前も変えてしまったため、有名なサインはなくなってしまいました。アメリカ人はドライというか無神経というか、こうして数々のルート66の観光ポイントが失われていくのです。とても残念なことです。ということで、今、エル・レノに行ってもビッグ・エイト・モーテルは、見られません。

その代わり、エル・レノには歴史保存地区とOasis Drive Inという、60年代を思わせる見所があります。


Lucille's Gas Station

ルート66を走るとエル・レノより西には牧場が広がり、街がたまに現れます。その街もだんだん小さくなっていきます。そして街と街の間隔もだんだん広がっていきます。大都市オクラホマ・シティから離れると、人口が減っていくのがとてもよくわかります。エル・レノからさらに1時間ほど、のんびりと旧道を走ったところに、小さな街ハイドロ(Hydro)が出現しました。この街、小さいのですが400世帯が暮らしているそうです。街の入り口にはガソリンスタンド兼コンビニがぽつんと1軒あります。それ以外はなにもない街です。こんな街にも実は教会は3個あるそうです。住人は、熱心にキリスト教を信仰していることがわかります。

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私が、ハイドロの街に着いたのは夜7時です。冬の夜7時は真っ暗です。遠くから見たハイドロの街は、なんとなく明るいところで、家々には光が灯っているのでそこには集落があることはわかるのですが、なんとも寂しい場所でした。街には南北に走るメインストリートがあり、入り口から一番奥まで車で走っても5分もかかりません。でも立派な教会は3つ共に威厳を持って佇んでいました。

そんなハイドロの街の端っこにルーシーズ・ガスステーションがあります。ルート66が賑わっていたころからここにあったそうですが、直ぐ横に高速ができ、車は通過するようになったので客数が激減してしまったそうです。今は、ルート66協会によって歴史的遺産に認定されています。2006年、この建物は、隣町ウェザーフォードのビジネスマンリック・コッチによって買収されました。彼は、ルーシーに敬意を表し建物を補修しました。そして、ウェザーフォードにルーシー・ロードハウスを建て現在も営業しています。こちらは近代的なレストランです。

 

 

Rt 66 Museum

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ウェザーフォードの次はクリントン(Clinton)という中規模の街です。ウェザーフォードは、コダックの工場があり、住人はまあまあいました。ここクリントンは、いったいどんな産業があるのかわかりませんが、車は結構走っていました。「水曜どうでしょう」ファンには、聞き覚えのある街だと思います。どうでしょうがアメリカ横断したとき、ここのベスト・ウェスタンに泊まっていました。

ここには、有名なルート66博物館があります。途中いくつものルート66博物館があるのですが、止まって見学するほどのものはそれほどありませんでした。しかしここは、必見です。比較的新しい建物の中にはルート66にちなむアンティークや看板などが保管されています。それらは、きちんと展示されていて丁寧な解説も付いています。

 

Glancy Motel

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クリントンには、ルート66らしいモーテルが残っています。それがグランシー・モーテルです。この看板がとても美しかったです。立体的で矢印をモチーフにしたデザインは、明らかにルート66上にあるモーテルの記号です。このモーテル、現在も営業中です。冬にもかかわらずほぼ満室でした。

このようなもはや近代芸術といってもいいようなサインは、かつてルート66上に沢山あったそうです。今でも写真集などで見ることができます。しかし、現存し、さらに今も運営されているサインは本当に少なくなってしまったようです。これはとても残念です。このようなサインを見たくて旅をするデザイナーもかなりいるそうです。なんとか看板を残していって欲しいです。

ちなみにこの看板、できてからかなり経っているようで、GLANCYと記してあるサインの中はツバメの巣になっていました。たくさんのツバメがこの中にいて鳴いています。近づくとかなりの数のツバメが飛び出してくるのです。駆除するわけにもいかずほったらかしているのでしょうが、それもアメリカの田舎の姿なんだなあと感じました。日本だったら必ず駆除しますよね。

 

Rt66 Museum

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クリントンを出ると、もう景色は360度平原です。何もありません。ただひたすら道が西に向かってのびています。そんな道をただ漠然と走るとエルク・シティ(Elk City)に着きます。街ですが、なんだか西部開拓時代の街がそのまま発展したような殺風景な感じがしました。ここは今でも宿場町として機能しているようで、州間高速44号線を走る旅人達が休むためのモーテルが並んでいます。そんな一角にルート66博物館がありました。ここはクリントンのそれとは趣が異なっており、このあたりの街の生活を紹介するための施設です。広大な土地には、開拓時代の街が再現されていて、建物の中には人形がいます(これが怖い!)。明治村みたいな感じだと思っていただけるとわかりやすいかもしれません。かなりの費用をかけて作っていますが、いまひとつインパクトがないのは、アメリカも日本も役所がつくるとこんな感じの中途半端なものになるんだなあと思いました。

 

Courthouse

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エルク・シティの次の街はセイレ(Sayre)です。かなり寂しくなってきました。まるでゴーストタウンのような街です。西部劇が今でも撮影できるのではないかというくらいボロボロです。そんな街に人は暮らしています。ここの見所は、街のハズレにある裁判所です。映画「怒りの葡萄」にも出てきた古い建物です。この町には、これくらいしか立派な建物はありません。きっと何十年も何も変わらない街なのでしょう。寂しいと言うより何も変わらない「保守」と街の人々の「優しさ」が同居しながら、よくこんな僻地で暮らしているなあと感心してしまいました。

街はかなりくたびれているのに、この裁判所はとても立派です。近くに行ってみると色が塗り直されているのがわかりました。果たしてそんなに裁判があるのだろうかと思ってしまいましたが、きっと地元の人たちには自慢の建物なのでしょう。ちなみに犯罪はほとんどおきないそうです。

 

Nothing

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セイレから先は、さらに何もありません。途中、街があったような形跡はあるのですが、建物は崩壊し、街であったのかどうかすらよくわかりません。隣に見えていた州間高速44号線とも距離が出始め、誰もいない旧道を走ることになります。こなたりはかなり寂しいです。この先、何もないのではないかと思いました。何度も引き返して44号線に乗ろうと考えました。それでも頑張って走っていくと、州境の街テキソーラ(Texola)に着きます。ここの町外れにはかつての無法者を閉じ込めた牢屋跡がいまでも残っています。コンクリートに草が絡まった小さな牢獄は、とても気持ちが悪かったです。そしてテキソーラの街も人気がなく気持ちが悪いのです。廃墟となった大型モーテルが点在していますが、営業中のガソリンスタンドやコンビニはありません。でも人が住んでいる気配はするのです。

町外れに州境のサインを発見しました。ここでオクラホマ州は終わりです。

 

Diary from the traveler -----

ルート66を走っていると、本当に何もなくなる場所があります。セントルイスとスプリングフィールド(ミズーリ)の間、オクラホマ州の西側、テキサス州アマリロからニューメキシコ州アルバカーキの間、アルバカーキから西...ただ道が1本西に向かってあるだけなのです。日本ではなかなか見ることができない風景です。でも、これら風景は、全く同じではないのです。ミズーリ州のあたりは、丘陵地帯で、道のアップダウンがわかります。オクラホマ州の西は土地が平らで真っ赤な土です。ニューメキシコ州は、なだらかな隆起があり、標高が高いようで森が消滅します。アリゾナは、ただの真っ平らな土地です。

いったいいつまでこの景色が続くんだろうと飽きてくるのですが、旅を終えるとあの一本道と360地平線がとても懐かしく思うのです。

東から西に巨大なグラデーションを描きながら徐々に変わっていく景色はとても素晴らしく地球を感じることができます。そして地層や土の色から地球が出来てきた長い時間も感じることが出来るのです。

もし、ルート66を旅する機会があれば、是非行く前に簡単な地層や土に関する本を読んでみてください。きっと旅は何倍にも楽しくなるはずです。



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Go West ! ルート66 の旅 4/8 <カンザス州 & オクラホマ州> [>route 66]


 

ルート66を東から西にトレースする旅、第4回目です。今回は、カンザス州とオクラホマ州の途中までをお伝えしていこうと思います。

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皆さんから「雪」の指摘を頂きます。私が旅したのは12月末なので、シカゴからアリゾナ州にかけては雪が降っておりほぼ全行程が雪でした。レンタカーは運良く4WDを借りることができました。一応保険はフルカバー、途中立ち往生したときも直ぐに助けに来てくれるサービスにも入り安全対策は取りましたが、やはり道中は危険が沢山ありました。もし降雪時期にルート66を旅する計画をお持ちの方は、なるべく避けたほうが良いというのが経験者からのメッセージです。ただ、雪の降っている中西部の風景はなんとも美しく、途中車を止めて荒野に降る雪を眺めてしまったのも事実です。

 

では、前回の最後カーセージの街を出発しましょう。

まずは、ミズーリ州カーセージを出てジョップリン(Joplin)を目指します。このあたりにはとても細かくルート66の表示が出ていますが、道がとにかく複雑です。右に曲がり左に曲がりと繰り返し、かなりの時間を費やしてしまいました。しかし、州間高速からかなり離れたこの旧道には見所が満載です。昔ながらの景色の残る名もない小さな街、かつてあった古い橋、既に営業をやめてしまったガソリンスタンドなどが次々と現れます。そんなのんびりとした田舎道を走り続けるとやっとカンザス州に入ります。

ルート66は、ほんのちょっとだけカンザス州を走ります。ゆっくり走ると30分ほどです。ルート66の取って代わった州間高速44号線は、ミズーリ州からオクラホマ州に直接入ってしまうのでカンザス州は通りません。カンザス州の住人は、このちょっとだけ自分の州を通るルート66をとても誇りに思っているようで、今でも大切に歴史遺産を扱っていることがわかりました。

 

<カンザス州>

カンザス州と聞いて皆さんは何を想像しますか?私は「オズの魔法使い」しか思いつきません。子供の頃テレビで見た「オズの魔法使い」は強烈に私の印象に残り、以後自分の人生に影響を与えるほどでした。その映画の舞台がカンザスでした。実は「スーパーマン」の故郷スモールビルもカンザス州にあるのだそうです。実際に行ってみると、とにかく何もない州というのがカンザス州でした。アメリカのほぼ真ん中に位置していてグレートプレーンズと呼ばれる大平原地帯にあります。とにかく平らな土地がぐるっと360度続いています。唯一大きな街はウィチタという街です。ここには航空産業がありますが、そのほかの地区は牧畜が主要産業です。これだけ平らだと竜巻は起こりやすく、夏になると竜巻警報が良く出るそうです。竜巻による被害は年々増えているそうで、このあたりの住人の一番の悩みになっています。

 

Eisler Bros. Grocery Store

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カンザス州に入るとはじめにあるのがリバートン(Riverton)という街です。ルート66上に有名な雑貨屋さんがあります。ここは、前に立ちよったBill Shea Gas Standのようにルート66を旅する観光客向けに営業しているお土産物やです。私はあまり感心しませんでしたがルート66のグッズや飲み物などを売っています。古い建物は哀愁が漂い、古き良きアメリカを感じられる建物です。

 

Rainbow Bridge

リバートンと次のバクスター・スプリングスとの間には古いレインボーブリッジが残っています。普通に走ると見逃してしまいますが、昔ここを旅人が渡っていったのでしょう。今では使われることがほとんどなくなった古い橋にはどこか寂しさが感じられました。

 

Murphy's CAFE ON THE ROUTE

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まるで西部劇の街のようなバクスター・スプリングス(Baxter Springs)。ルート66は、この街のメインストリートになります。メインストリートの両側にはとても古い2階建ての建物が100mくらい並んでいます。昔は、ここでガンマンの撃ち合いが行われていたのだろうと想像できます。

そんな建物のひとつにこのカフェがあります。街の住人もよく利用しているようで繁盛していました。メニューはアメリカのどこにでもあるような内容ですが、缶詰などを使わずここで丁寧に調理されています。このカフェ、店のロゴもかっこいいのですが、内装もがんばっています。この旅を通して感じたことですが、このようなとても田舎の町なのに洒落たレストランが点在しているのです。日本で田舎に行くと洒落たレストランはオープンしても直ぐに潰れてしまいます。アメリカ人は、こういうがんばっている店を大切にして買い支えているようです。田舎街にある洒落たカフェに出会うと、アメリカ中西部の心の広さを感じる瞬間です。

 

<オクラホマ州>

カンザスを抜けるとそこはオクラホマ州です。私にはオクラホマ州に対するイメージは殆どありません。ひとつだけ映画「愛と青春の旅立ち」の中で、オクラホマ出身の新兵に対し上官が「オクラホマには牛とゲイしかいない!」と言っていたことくらいしか馴染みのない州です。本当にオクラホマには牛とゲイしかいないのか?それは勿論間違いです。オクラホマは予想に反しとても豊かな土地でした。

オクラホマ州には世界最大の牧畜取引所があります。それほどおくの牛や豚を飼育しているのです。そしてアメリカのネイティブであるインディアン達がこの土地に沢山住んでいます。彼らは自分たちの土地を奪われ迫害され、この地にやってきました。インディアンの辛い歴史を説明すると長くなるので割愛しますが、車で走ると、それまで白人しかいなかったイリノイ、ミズーリ、カンザスとは異なりおおくの日本人に似たネイティブ・アメリカンと出会うことができます。ネイティブ・アメリカンにはカジノを運営する許可が出されているので、カンザスを旅していると突然ネオンがギラギラしたカジノに出会います。ここもかつては先住民が運営していましたが、彼らにビジネスセンスがなく赤字に陥り、おおくがアメリカ資本に買収されてしまっています。

 

 

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Blue Whale
オクラホマに入り2時間弱ルート66を走ると、タルサ(Tulsa)という大きな街に入ります。その手前にカトゥーサ(Catoosa)という小さな街があります。そこにブルー・ホエールがあります。ルート66関連の書籍やウェブサイトには必ず出てくる大きな鯨です。私もルート66の旅の中で一番楽しみにしていたスポットのひとつです。

小さな池にあるクジラ、これは、かつてこの近くに住んでいた人が子供のために作った遊技物です。おおきなクジラは口の部分が陸地に接続しており、口の部分から尻尾にかけてデッキとなっています。ヒレの部分は滑り台となっており、中から池に滑り降りることができます。尻尾の手前には階段が付いていて、そこからも池に入れます。尻尾の上と頭の部分には子供が上れるようになっています。要は子供のためのプールにある滑り台のような遊技物なのです。

このブルー・ホエール、設置時におおくの人が使いたくなったようで、直ぐに営業を開始したそうです。それに伴い、入り口にはゲートが設けられ、トイレやピクニックエリアせが設置されました。80年代に営業が中止されるまでは、このあたりの夏の楽しみになっていたそうです。

営業が中止され放置されていたクジラくんは、その後、地元民によってメンテナンスが行われています。

 

Greenwood Hist. District

カトゥーサを通り過ぎると、オクラホマ州第2の都市、タルサが現れます。高層ビルもありなかなか大きな街です。シカゴからルート66を走ってくると、おそらくシカゴ、セントルイスに次ぐ大きな街ではないでしょうか。タルサに入るとルート66は、11th St.となります。現在の11th St.がかつての旧道ですが、大きな街なので、古き良きアメリカのイメージは既に破壊され新しい建物になってしまっているのが残念です。この街にはグリーンウッド歴史地区として古いタルサが保存されています。ここを見て回るとちょっとだけルート66が全盛だった頃の雰囲気を感じることができます。

 

Rock Cafe

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タルサからオクラホマ州最大の都市、オクラホマ・シティまでの間は、また田舎の景色が2時間以上続きます。イリノイ州はひたすらトウモロコシ畑でしたが、このあたりはひたすら牧場です。沢山の牛が放牧されています。意外と牛の種類が多彩で驚きました。時々馬の牧場もありました。そんなのどかな風景を見ながら走っているとストラウド(Stroud)という街に入ります。そこにロック・カフェがあります。このあたりから実は景色が一変します。相変わらず土地は平らなのですが土の色が変わるのです。辺り一面とにかく赤いのです。

そして街の建物も赤くなります。おそらく地元の土を練り込んだ壁材を使っているのでしょう。石作りの建物も赤いのです。ロック・カフェは、そんな建物のひとつです。建てられてからかなりの年月が経っているので色は変化していますが、この色の建物はこのあたりからアリゾナ州まで頻繁に目にすることになります。

カフェ自体は地元民で賑わっています。街にはそれほど人が住んでいないようなのですが、店は満員です。かなり遠くの農場からかなりの時間をかけてここのカフェに集っているのだと思います。

このカフェの周辺にはいくつかのルート66グッズの店もありました。

 

Phillips 66 Station

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ルート66沿いにはフィリップス66という名前のガソリンスタンドが沢山あります。そのうち半分は現在も営業中、半分は営業を止めてから長い年月が経っているうち捨てられたスタンドです。現在、ルート66を旅する旅行者にとってフィリップス66は、ガソリンを入れトイレに行く休憩ポイントであり、古き良きアメリカのイメージを残したまま時間の流れに取り残された撮影ポイントでもあります。後者の典型がチャンドラー(Chandler)にもあります。ポンプ式の機会には、大きなガラスの瓶があり、そこにピンク色のガソリンがたまります。瓶に付いているメモリでガソリンの量をはかり車に流し込んだのです。その時代に生きたわけではありませんが懐かしくなるスタンドです。

 

Round Barn

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チャンドラーから1時間ほど走っているのに小さな街を1つ過ぎ、大都市オクラホマ・シティの手前にある最後のとても小さな街、アルカディア(Arcadia)。ここにラウンド・バーンがあります。丸い納屋なのですが、何故丸いかはわからないそうです。一説には竜巻に強いからだそうですが、とても見事なアールをした大きな納屋でした。この納屋、かなりの数があったそうですが近代的な鉄骨製の納屋が増え、殆どが壊され、最後に残ったこの納屋も手入れせず放置されていたそうです。しかし近年ルート66復興の動きがあり、観光客が訪れるようになったことで、地元の人たちがレストアし、現在はかつての美しい姿に戻ったそうです。

夕日を浴びたラウンド・バーンはとても美しくいつまでも見ていたい景色でした。

 

Hillbillys

ラウンド・バーンの向かいにとても美味しいハンバーガーやさんがあるとある本で読み、今回の旅行でとても楽しみにしていました。しかし、どうやらクローズしてしまったようです。とても残念でした。

 

POPs

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アルカディアのルート66上に突然近代的な建物が見えてきます。これはレストラン、ショップを含むガソリンスタンド「POPs」です。大きなボトルの形をしたモニュメントは夜になると美しくライトアップされます。この建物、当然ここ数年で建てられた新しいものですが、今やルート66の新しいモニュメントとして定着しています。この店、結構がんばっていて、ガソリンスタンドのポンプは、昔懐かしい形をしていますが実は最新式、ショップでは400を越えるボトルに入ったジュースを販売しています。全米から集めた様々なタイプのボトルは壮観です。そして全てのドリンクを購入することができます。レストランはダイナー風で、ボトルジュースとハンバーガーが人気です。アルカディアの人口は279人です。でもPOPsには沢山の人が押し寄せてきています。それも若者ばかりです。たぶんこの先にあるオクラホマ・シティに住んでいる若者にとってちょうど良いデートスポットなのでしょう。人気のない場所に忽然と建っている巨大建築物、人気のないのに満員のレストラン、なんだか不思議な光景でした。

 

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さて、次回はオクラホマ・シティを通過し、次の州テキサスとの州境までを記そうと思います。

お楽しみに!     

 


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Go West ! ルート66 の旅 3/8 <ミズーリ州> [>route 66]

前回に続き、ルート66の旅を記します。

今回は、ミズーリ州です。ルート66は、シカゴからロサンゼルスまで全部で8つの州を走り抜けています。イリノイ州、ミズーリ州、カンザス州、オクラホマ州、テキサス州、ニューメキシコ州、アリゾナ州、カリフォルニア州と、まさにアメリカ横断する道路なのです。前回は、始点の州であるイリノイ州を紹介しました。今回は東から2番目の州、ミズーリ州です。ミズーリ州ときいて皆さんはどんなことをイメージしますか?アメリカ人に聞いてもあまりピンとこない人がおおいようです。ミズーリ州を代表する街は、ミシシッピ川沿いに栄えたセントルイス、そしてカンザス州との州境にあるカンザスシティ、そして州の真ん中に位置するスプリングフィールドくらいです。あとは特に大きな街もなく、丘陵地帯が延々と広がっています。州の主要産業は観光だそうで、セントルイスあたりになんとなく観光名所がありますが、たいしたことはありません。ルート66観光が結構な目玉となっているようで、ルート66を走ると中途半端な商業施設があらわれます。こういう施設をまわるのも面白いかもしれません。

 

では、ミズーリ州の東、セントルイスからスタートしましょう。

<セントルイス>

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1764年にフランス人が毛皮の取引所を設置したことからこの街は始まりました。当時はミシシッピ川が交通の中心でしたので、フランスから船でここまできたことになります。アメリカ建国当時は、アメリカは東海岸からこの辺りまででした。当時はセントルイスが西端だったのです。そしてそれより西は広大な未開拓値でした。

その後、アメリカはフランスのナポレオンからミシシッピ川西側の領土を購入します。アメリカの領土は一気に西に広がります。それまで貧困に喘いでいた人々は、こぞって西を目指しました。西に行けば自分の土地が持てるという夢、そしてゴールドラッシュの時期は、一攫千金を夢見てたくさんの人が西へと旅立っていったのです。この西へのゲートウェイがセントルイスとなったのです。現在も街には大きなゲートウェイ・モニュメントがあり、当時を思い起こさせます。

19世紀に入ると、デトロイトに次ぎ自動車工場がオープンし隆盛の時期を迎えますが、その後産業が空洞化し、現在は治安の悪い街となっています。

街は結構大きく、お金持ちはミズーリ州側に住んでいます。イースト・セントルイスと呼ばれるイリノイ州側は治安が悪いので近づかないほうがいいでしょう。ルート66は年代によりルートが変更されていますが、現在もHistric Old Route 66の標識が残っています。残念ながらシカゴと同様、古き良きアメリカの風景は既に破壊され、当時の面影は残っていません。

 

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Ted Frozen Custerd

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そんな治安の悪い街ながら、昔から続いているアイスクリーム・ショップがセントルイスにあります。テッドは、アイスクリーム発祥の店ともいわれている古い店です。現在も年間を通して営業しており、真冬でも行列ができています。メニューは豊富で、ただのアイスクリームだけでなく、数十種類のトッピング、数種類のフレーバーを掛け合わせて注文します。英語が苦手な場合かなり躊躇するのですが、がんばってオーダーしてみます。

私はベーシックなアイスクリームのチョコ味のスモールをオーダーしました。スモールといっても巨大です。ラージは夏でも食べきれないでしょう。ここのアイスクリームはとても固く、逆さまにしても落ちないそうです。味はよくあるアメリカのアイスでした。


Gardenway Motel

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セントルイスを過ぎると、だんだん60年代のアメリカの色が濃くなってきます。古き良きアメリカの原風景がそのまま残っているのです。セントルイスの郊外が終わり、穏やかな丘陵地帯が出現します。ミズーリ州を走るルート66は、別名ジェットコースター・ハイウェイと呼ばれ、かなりのアップダウンとカーブを繰り返します。そんな山の中にグレイ・サミット(Gray Summit)の街があります。といってもモーテルが数件あるだけで、街の機能があるとはいえません。ここにルート66では有名なガーデンウェイ・モーテルがあります。サインがかっこ良くアメリカ横断の雑誌や写真集によく載っているモーテルです。現在でも営業を続けており、希望すれば宿泊できますが、周りには何もなくちょっと寂しいかもしれません。

 

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Meramec River Bridge

スタントン(Stanton)には、有名なジェシー・ジェームスが隠れていたメラニックカバーンがあります。この鍾乳洞の看板は、ルート66を走っていると至る所で見られます。それほど観光ポイントとなっているようです。そして、カバーン周辺には、蝋人形館やジェシー・ジェームス博物館などのかなりどうでもいい観光名所も沢山ありました。これらはんば強引な観光名所はルート66上にはないのでスルーします。この街には、古い橋が残っています。かつてルート66にかかっていた橋です。古いデザインがいい感じでした。

 

Wagon Wheel Motel

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ルート66上には変な名前の街が多数存在します。おそらく、街を作るときに良い名前を思いつかなかったのか、住人がかつて住んでいた街の名前を付けたのでしょう。キューバ(Cuba)もそんな街のひとつです。ここには、古くから続くワゴン・ホイール・モーテルがあります。早速行ってみると、なんと建物は建て替えられ新しくなっていました。かつての面影を残すのはサインのみでした。ルート66では、このように商売として成り立たなくなったモーテルやレストランが容赦なく解体されてしまいます。それは特に都市部で起こっていて、シカゴやセントルイスには60年代のルート66はほとんど残っていません。

私にはキューバのような田舎町でもリコンストラクションが行われていることにショックを受けました。最近では、かつてのルート66の遺構を保存する動きがでてきていますが、ミズーリ州ではまだ行われていないようで、このような残念な光景は他でも見受けられました。

 

Hotel Edwin Long

ローラ(Rolla)という街は、セントルイス以来大きな街ですが、人口は18000人だそうです。この街は大学の街です。ミズーリ工科大学があり、その学生と関連の商売で成り立っています。かつてはルート66の宿場町として栄えたそうですが、今は完全に学生の街と化しています。そんな街にかつて有名だったホテルが残っています。

 

Uptown Theatre

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かつてローラのダウンタウンだった場所は、今は寂れていて人影はありません。人がいないので治安が悪くもなりません。ほぼゴーストタウン化してしまった昔の宿場町だけが残っていました。そんなダウンタウンはかつては栄えていたのでしょう。街には劇場があり、毎夜演劇が上演されていたはずです。人口が減って、劇場は映画館となり、それでも採算が合わなくなったのだと思います。そんな劇場がアップタウン劇場です。今は当然営業されておらず、かといって建物が解体されるわけでもなく寂しく放置されていました。中をのぞくと、最後の営業は映画館だったことがわかります。チケットブースもロビーも残っていますが、再オープンの可能性は低そうでした。

 

 

<スプリングフィールド>

この街は、南北戦争の激戦地だったそうです。現在も街の至る所に戦争の名前が地名として残っています。1927年にはシカゴとロサンゼルスを結ぶ国道が通り、1970年にはセントルイスとサンフランシスコを結ぶ鉄道が通り街は栄えました。

国道は、元々セントルイスとスプリングフィールドを結んでいた道路をベースに東西に拡張されました。これがルート66です。なので、スプリングフィールドは、ルート66発祥の地としても有名です。

この街の産業は何でしょう?15万人を有する大きな街ですが、産業は中規模商工業だそうです。あとは宗教関係の施設がおおくかなりの雇用があるようです。宗教大学もおおく街は潤っているようにみえました。

 

Carthage Town Square

アメリカの理想の街といわれるカーセージ。この街は、ルート66上にある皆が思う「アメリカ」です。一説によると、映画「Back to the Future」のスタッフがここをロケハンして、映画の中に出てくる50年代後半の街を再現したそうです。

街の中心に行くと確かに映画に出てきたような、どこか懐かしい風景です。タウンスクエアの真ん中には時計台があり、スクエアの角にはカフェがあります。アメリカのどこにでもありそうでない理想の街がここにあるのです。そして住人たちはこの街を大切にしていました。

 

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 私たちは早速カフェに入ってみました。このあたりは住人の90%以上が白人です。東洋人は珍しいはずですが、他の人と同じように話しかけ朝食を作ってくれました。美味しい卵料理とアメリカらしいフレーバーコーヒーは、冬の旅行者にとても暖まるものでした。店の人に映画の舞台になったことを聞いてみると、それは間違いだと言っていました。カナダ辺りの映画ファンが広めた噂だよ、と言っていましたが、映画と店の位置関係までもが一緒なので偶然ではないと思います。店の人は知らないだけで、実は美術チームがロケハンに来ていたのでしょう。そう思いたい程、映画にそっくりな街でした。ちなみに映画「Back to the Future」のタウンスクエアはロサンゼルスのユニバーサルスタジオのオープンセットです。私は実際に撮影が行われたセットにも行ったことがありますが、カーセージととてもよく似ていました。

 

Drive In Theater

カーセージにはもうひとつ素敵なポイントがあります。それは現在も営業しているドライブイン・シアターです。冬は営業はお休みですが、春から秋にかけては映画を上映しています。ひとり6ドルでした。そして、車を駐車スペースに止めFMラジオをあわせると、映画の音声がステレオで社内に響くのです。かつては全米に広まったデートスポットであるドライブイン・シアター。現在はその殆どがクローズしています。映画館の環境が良くなったので皆がシネコンに行くようになってしまったのです。そして、ドライブイン・シアターでは、低俗な作品が上映されるようになり、お客は遠のいていったのです。

このドライブイン・シアターでは、どんな映画が上映されているのかわかりませんが、近くに映画館がないようですし、とても奇麗だったのできっとメジャー映画が上映され、夏には沢山の家族連れで賑わうのだと思います。こういう光景も古き良きアメリカがそのまま残っている街だなあと感じました。

 

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Diary from the traveler -----

ミズーリ州を走り抜け記憶に残ったこと、それは、とても心の豊かな人々がひっそりと暮らしている風景です。それほど大きな産業もなく決して大金持ちではない人々が、一見地味ですがお金では買えない豊かな心を宿しているのです。そして、近所の人々とカフェで話をして助け合う姿は、なんだか羨ましくなりました。日本では、マスコミはアメリカの悪い部分ばかり報道し、このような地味なことは伝えません。この偏った報道によりおおくの日本人は「アメリカ」を誤解しているのだと思います。そして偏った資本主義の概念ばかりをまねた結果が今の日本です。アメリカの良い部分に学ばず、悪い部分ばかり模倣してしまった日本。日本人としてちょっと悲しくなりました。

ミズーリ州の住人は敬虔なクリスチャンです。日曜日には必ず教会に行くそうです。どんな小さな街にも立派な教会が建っていました。キリスト教系の新しい宗教も活発です。スプリングフィールドにはアッセンブリー・オブ・ゴッドという宗教の本部もあります。きっとこのような辺鄙な場所で農業を営む人には宗教が必要なのでしょう。彼らは単に保守的なのではなく、大きな変化を望まない朴訥とした市民だったのです。

 

次回は、「オズの魔法使い」の舞台となったカンザス州を抜け牧畜王国オクラホマ州に入ります。

お楽しみに!


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Go West ! ルート66 の旅 2/8 <イリノイ州> [>route 66]

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前回に続き、ルート66の旅をお伝えします。

今回はイリノイ州です。

イリノイ州という州は私にはあまり馴染みがありませんでした。シカゴがある州という認識しかなかったですが、行ってみるととても興味深い州であることがわかってきました。イリノイ州もミッドウェストに属するそうですが、実は大西洋岸、太平洋岸の州と同様とてもリベラルな州なのです。大都市シカゴを有しているからかもしれませんし、五大湖に接しているからかもしれませんが、この内陸州は、大統領選挙でいつも注目されます。

しかし、実際に州を縦断してみると実は古き良きアメリカを色濃く残した土地だということに誰もが気付くでしょう。シカゴを出ると小さな町が続きますが、どこの町でも旅行者に声をかけ、話をはじめる地元の人々にはとても驚かされ感動しました。そして質素ではありますが堅実に生活している真面目な人々に感心しました。我々日本人には、金銭欲と食欲が旺盛なアメリカ人のイメージがどうしてもすり込まれていますが、イリノイ州の人々のおおくは、心暖かく凛とした人々だったのです。そんな実直ですがリベラルな人々が暮らす場所をまわってみましょう。

 

シカゴから南に1時間程行くと、のどかな郊外の町並みが続きます。雪のせいかそれらの町はヨーロッパの田舎のような雰囲気が漂っていました。建物は歴史のある煉瓦造り或いは石造りがおおく、カリフォルニアで見かけるようなプレハブ建築は少ないように感じました。町の中心地である駅前には可愛らしい商店街が広がっていて、住人はスーパーマーケットではなく昔ながらの専門店で買い物をしているのです。日本ではこのような生活は20年ほど前に崩壊してしまいましたが、まさか消費社会アメリカで、このような昔ながらの互助システムが機能しているとは思いませんでした。少し高いかもしれない、でも地元の顔見知りのお店で買い物をする。近所の家族の名前も顔も分かる社会が、そこに広がっているのでした。こういう町は治安もとても良く皆が仲良く暮らしていました。

 

では、イリノイ州の見るべきポイントをお伝えします。

 

Dell Rhea's Chicken Basket

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シカゴを出ると、ルート66は住宅街を抜けウィロゥブルックという町に出ます。しかしルート66は、ここで州間高速に塗り潰されてしまいます。この直前、かつてルート66が走っていた道沿いに今もポツンと残る地元の味を維持しているレストランがあります。店には暖炉があり、暖かい炎が見えます。そんな温かい雰囲気の店で自家製のチキンをいただくのです。この店でチキンを丁寧に調理して作ってくれる料理は、心がこもっておりなんだか懐かしくなります。

残念なのは、ここはかつての主要道沿いにあったはずなのに、今はたどり着くのにかなり複雑な道を走らなければ行けないことです。運悪いことに旧ルート66が途切れる場所とインターチェンジの場所が重なっているため、店は見えるのですが迂回をしないと近づけないのです。こんな辺鄙な場所でよく営業を続けているなあと思いますが、きっと地元の住人とルート66を旅する人が通いつめているのでしょう。いつまでもここにあってほしいレストランです。

 

Launching Pad Drive In?

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53号線(旧ルート66)を南下しジョリエット(Joliet)という町を抜けると、あたりは急に穀倉地帯に入ります。町は途絶え、あたりにはトウモロコシ畑が広がります。そんな広大な畑の中に小さな町ウィルミントン(Wilmington)があります。この町には、ショッピング・モールもなければ町の中心となるタウンスクエアも見あたらないのですが、ルート66上にレストランが1軒営業を続けています。[かわいい]?2016年現在レストランは閉鎖中)おそらくルート66を通過する人々向けに営業をはじめたのだと思いますが、今や地元民の集まる憩いの場と化しています。このレストランの前には ジャイアントという大きな人形があります。なんともいえないデザインです。このような大きなハリボテの巨人は、ルート66上にいくつもたっていてとても面白いです。60年代に造られ、それをメンテナンスしながら守っている人々、そしてそれを支援する人々、なんとも微笑ましい光景です。

 

Bank of Dwight

ウィルミントンの町を南下すると州間高速55号線と旧ルート66は併走するように走ります。ここから暫くはルート66は、高速に塗りつぶされることなく今でも使われる生活道路として昔のままの姿を残しています。ウィルミントンから少し南下したところにドワイト(Dwight)というドイツ人が移民して作った小さな街があります。ドイツ移民だけあり街の建物はしっかりした石作りです。なんとなくドイツの田舎町のような雰囲気が漂っています。この街で見るべきポイントはドワイト銀行です。しっかりとした石作りの建築はこの辺りでは有名だそうです。この銀行、名前の通りこの街にしかないのですが、いったいどう経営が成り立っているのでしょう?私にはそれが一番気になりました。

 

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Memory Lane

ドワイトからルート66をのんびり走ること約2時間、レキシントン(Lexington)という小さな街があります。この手前にメモリーレーンがあります。何がメモリーレーンなのか?どうやらかつてルート66が輝いていた頃、ここで数々のイベントが開かれたようです。でも今はただの公園です。ルート66の観光ポイントだという看板がなければ誰も気づかないでしょう。私たちが行った時期は雪降る12月下旬です。一応写真を撮ろうということで友人が公園内に入りシャッターを切ると、ミシッっと音がします。何だろうと顔を見合わせると実は氷のはった池の上にいたことが判明、氷が割れる前に慌てて陸に戻りました。池の氷の上に雪がつもり、そこはただの公園にしか見えませんでした。もし氷が割れていたら皆凍死していたかもしれません。そしてここは旧道、車はほとんど通りません。誰も助けてくれないのです。

メモリーレーンに冬訪れる際は、見えない池に十分ご注意ください。

 

Pure Maple Sirup

レキシントンを過ぎると、比較的大きな街ブルーミントン(Bloomington)が見えてきます。この街にはいくつか大学があり学生の街として有名だそうです。このすぐ南にあるのがファンクス・グローブ(Funks Grove)という街です。街と言っても街はなく数件の農家が点在するだけです。ここにメープル・シロップを作っている農家があります。とても上品な味のシロップを時間をかけて作ってるのですが売り切れの場合がおおく、なかなか買えません。もし、ルート66を走っていて、看板にであったら、農家をのぞいてみてください。

 

Dixie Trukers Home

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ファンクス・グローブを過ぎるとすぐにマクリーン(Mc Lean)という街が見えてきます。この辺りは穀倉地帯なので、街の名前の書かれた給水塔が目印です。この街には長距離トラックの運転手相手のレストラン&ショップがあります。デキシー・トラッカーズ・ホームと呼ばれる店は大きな看板を州間高速55号線に向け出していて、店の敷地は宏大です。18輪トラックだけでも数十台止められます。併設するガソリンスタンドもトラック仕様です。そして店内にはレストランとコンビ二、そして小さなルート66博物館があるのです。

早速レストランに入って食事を注文してみました。味は日本人にとってお世辞にも美味しいとは言えません。ここは、ちょっと立ち寄ってルート66に関する写真展示を見たりする場所です。

 

JH Hawes Grain Elevator

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ルート66沿いの次の街はアトランタ(Atlanta)です。ブルーミントンから次のリンカーンという街の間は、大きな街はなく、しいてあげるならマクリーンとアトランタくらいです。アトランタにはルート66上で重要な見所があります。それが昔使われていた穀物倉庫です。今は歴史的な建物として保存されていますが、かつてはこのあたりに沢山建っていたのでしょう。この倉庫中にエレベーターがあり、穀物を一度上に引き上げ、貨車やトラックなどに乗せたそうです。今は駅のそばにポツンと建っていますが、この建物が活躍した時代の雰囲気をとどめています。近年はこれを巨大化した物流システムが登場し、ものすごい量のトウモロコシを扱っています。それら大規模集積システムは州間高速55号線を走ると至る所で目にします。

 

Palms Grill Cafe

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アトランタの街には、とても素敵なカフェがあります。それがパームス・グリルです。こんな田舎町になんでこんな洒落たカフェがあるのでしょう?そして何故経営が成り立っているのでしょう?この謎は未だに解決しませんが、近くに大都市がある訳でもないのに、ニューヨークのダウンタウンにありそうなカフェは確かに存在していました。私が行った時間帯は午後だったのでお客さんはいませんがきちんと営業しています。そしてちゃんとした美味しいメニューを揃えているのです。おそらく近所の農場で働く人が食事をしにくるのだとは思いますが、これほど洗練されたレストランにどれだけの人が来るのか心配になるほど素晴らしいお店です。もし、ルート66を旅する機会があれば、是非このカフェに立ち寄って店を支えてあげてください。

 

Bunyon's Statue Giant?

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パームス・グリル・カフェの道を挟んだ反対側に、また不思議なジャイアントが立っていました。これだけみると何のためにここに作られたのかわかりませんが、かなり大きく立派なものです。アトランタに立ち寄った際は是非記念写真を!

 

Railsplitter Coverd Wagon

ブルーミントン以来久しぶりにある大きな街、リンカーン。ここは大学の街です。2つの大きな大学があり、10号線上にホテルやレストランが並んでいます。旅の途中に宿泊するには便利な街です。この街には旧ルート66が走っていますが、それほど見るべきものはありません。してあげるなら、これまたジャイアントなのですが、大きなワゴンが立っています。おそらく看板ですが、あまり意味をなしているように思えませんでした。

 

Pig Hip Restaurant Museum

リンカーンのすぐ南にある小さな街ブロードウェル(Broadwell)。ここにかつてPig Hip Restaurantというレストランがありました。ルート66を旅する人たちに愛されたレストランは、州間高速55号線の登場により客数が激減し営業を終了してしまいました。しかし、経営者はここをルート66の私営博物館として現在も維持しています。私営なのでたいしたものはありませんが、ルート66を愛する人のためにがんばっています。

 

<スプリングフィールド>

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シカゴを出発して約200マイル。途中にブルーミントン、リンカーンという街はあったものの久しぶりに大きな街に到着します。それがスプリングフィールドという街です。この街はイリノイ州の州都となっており、街の中心には立派な州庁舎が建っています。右の写真は街のシンボルの議事堂です。

ダウンタウンにはヒルトンホテルなどいくつかのホテルや商店街があります。人口は12万人でシカゴと比べるとそれほど発展している訳でもなくちょっと寂しい感じの町でした。この街は州の関連事業と大学で機能している街です。大きな産業は見当たらず、ひっそりとしています。観光の目玉は 第16代大統領エイブラハム・リンカーンのお墓と、彼が住んでいた家です。

街はそれほど大きくないので、数時間で観光できてしまいます。

 


Lincoln Tomb

厳密に言うとルート66上にはありませんが、スプリングフィールド(Springfield)入るとすぐにリンカーンの墓石があります。かなり立派なもので、せっかくスプリングフィールドに来たなら是非立ち寄りたいポイントです。リンカーンは、奴隷制の拡張に反対し、大統領就任時には国を二分するほどの議論を巻き起こし、結果アメリカ南北戦争に結びつきました。戦争は北軍の勝利に終わり、奴隷制は徐々に崩壊しました。後に彼は「偉大な解放者」「奴隷解放の父」と呼ばれ現在でも尊敬され続けています。そんな彼の墓石で、アメリカの過去の歴史に思いを巡らすのも良い経験ではないでしょうか。

 

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?Bill Shea Gas Stand
ルート66の情報を調べると必ず登場するポイントです。ビルさんが集めたルート66グッズを展示しています。古き良きアメリカの看板やら車やらが集められたガソリンスタンドですが、見方を変えるとガラクタ博物館です。

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Cozy Drive In
rt66-16.jpgルー66にあるドライブ・インです。現在は街の主要道となった旧55号にあります。周囲は開発され大きなモーテルやレストランが建ち並んでいますが、Cozy Drive Inは、そんな中昔ながらの店を維持しています。私が行った時はクローズしていましたが今も街の人気レストランだそうです。
ルート66沿いには2種類のレストランがあります。ひとつはこの店のように個人経営の店です。チェーン展開の話が来ても断り、自分たちの味を守り続けているタイプ。もうひとつは全米チェーン店で、どこで食べても同じ味のレストランです。アメリカを旅しているとチェーン店がとてもおおく驚かされますが、ルート66には、何十年も前から家族で経営しているレストランに出会い、そこにはドラマがあります。どちらが良い悪いではないのですが、このような個人経営のレストランに立ち寄るのがルート66を旅する醍醐味でもあります。

 

Historic Brick Road

旧ルート66は、スプリングフィールドを抜けると2つにわかれます。1926年から30年までは州間高速の西側4号線がルート66でした。そこにレンガでできた道が残っています。まるで「オズの魔法使い」にでてくるような赤いレンガの道です。かつて舗装技術がなかった頃は、このあたりの道のおおくがレンガでできていたそうです。現在は、スプリングフィールドの南にちょっとだけ残っています。

 

Ariston Cafe

30年以降は、ルート66は州間高速55号線のすぐ東側を走ることになりました。ちょうどスプリングフィールドとセントルイスの中間にリッチフィールド(Litchfield)というかわいらしい街があります。そこにアリストン・カフェがあります。このカフェもかなり古くからルート66沿いで経営しているようで、現在も沢山のお客さんで賑わっています。ここは、料理が素晴らしく日本人の口にも合うレベルです。ルート66を旅する際は、是非ここで食事を採るようなスケジュールを立てるべきです。店内はきれいでアメリカの田舎というよりシカゴにあるカフェのように洗練されています。私が行ったのは日曜の昼でした。教会帰りのフォーマルな衣装の老夫婦や家族がこのレストランを訪れていました。客は皆顔見知りのようで、店の主人はひとりひとりに声をかけていました。

 

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?私のようなツアリストにも気さくに話しかけてくれ、知り合いの日本人の話や街の話、店の歴史などについて長々と時間を費やしてくださいました。なんとアットホームな場所なのでしょう。この後、ルート66を旅すると、このように見知らぬ人が話しかけ時には長話になることがありました。これこそがアメリカ中西部の魅力ではないでしょうか。

 

Brooks Catsup Bottle Water Tower

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ルート66を旅していると、自分がどの辺りを走っているのかわからなくなる時があります。そんなときは、まわりを見渡せば良いのです。どんな街にも必ず給水塔があり、そこに街の名前が記されています。

アメリカ中西部はほとんど真っ平らです。なので街の各家庭に送水する場合、一度水をくみ上げ、そこから重力の力で各家庭に水を流すのです。そのため、給水塔が街に必ず1つ以上あり、それが街のシンボルとなっています。イリノイ州では、ほとんどが1本足で丸い水溜が上についています。「i」みたいなかたちです。街により色は様々で個性を出しています。

私は旅をする際、この給水塔を探すのが楽しみになってきました。とにかく個性的で、給水塔には街の名前だけでなくニックネームやメッセージが書いてあったりします。

 

セントルイスの手前、コリンズビル(Collinsville)には、とても変わった給水塔があると知りました。この街の給水塔の形はボトル型なのです。さっそく行ってみると写真で見るよりかなりインパクトがありました。何でボトルの形をしているか理由は突き止められませんでしたが、ボトリング工場かなにかがあったのかもしれません。

 

Chain of Rocks Bridge

イリノイ州最後のポイントです。このポイントもルート66を旅する上で必見です。かつてルート66は、ミシシッピ川を超えるのにこの橋を使っていました。ミシシッピの川幅はとても広く、いくつかの橋を繋ぎ合わせて川を越えていたのです。現在は、橋のすぐ北側に州間高速55号線の橋がかかり、そこを通過します。この歴史ある橋は老朽化が激しく閉鎖されていましたが、現在はレストアされ歩行者のみ渡ることができます。ただし歩いて渡るにはかなりの時間がかかります。

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旅行する方へ:ほとんどの観光客は橋の入り口まで車で来て写真をとり戻っていきます。この橋に行くまでは、Chain of Rocks Rdを走りますが、途中の橋は一方通行なので注意してください。信号に気づかず、橋に侵入してしまうと、反対側から車が来て大変迷惑になります。気をつけてください。

あと、ルート66を旅する上で注意すべきことは、ルート上で唯一治安の大変悪い場所を通過します。それが、このあたりです。チェーン・オブ・ロック・ブリッジは周辺には街がないので大丈夫ですが、この橋の南にあるイースト・セントルイスは全米屈指の治安の悪い地域です。なるべく近づかないようにしましょう。特に夜間は行くべきではないです。

 

Tips from the traveler -----

長くなりましたが、ルート66、イリノイ州編を終わりにしようと思います。直線距離にして300マイル、55号線を飛ばせば5時間ほどです。しかし旧道ルート66を走ると4~5日かかります。高速を走るのもいいですが、寄り道をしながらアメリカの歴史を感じ、地元の人々と語らう時間はとても贅沢な時間でした。

 

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ルート66には、数々のジャイアントが立っていました。私は給水塔と共にこの巨人たちに出会うのも楽しみとなりました。

今回紹介できなかった2体もここでお伝えしようと思います。まずはスプリングフィールドのイリノイ・フィールドにあるジャイアント(左)。とても大きかったです。イリノイ・フィールドは結構おおおきな遊園地です。冬は営業していないみたいですが、日本にはない遊戯物が沢山見えました。

もうひとつは同じくスプリングフィールドの自動車修理工場にいたジャイアント君(右)です。アメリカの国旗を持っていました。たぶん修理工場の看板の役割をはたしているんだと思います。

これらジャイアント君たち、専門の業者でもあるのでしょうか。なんともいえない味わいがあります。日本人が作ったら、こんなデザインにならないでしょうし、建築法とかはどうなっているのでしょう。見るたびにいろいろと考えてしまいます。


 

 

次回は、ミズーリ州を紹介します。ミシシッピ川を渡った大都市セントルイスからカンザス州の手前ジョップリンまでを旅します。

お楽しみに!


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Go West ! ルート66 の旅 1/8 <シカゴ> [>route 66]

ルート66の旅を始めようと思います。
今回の旅は、時間の都合により冬の旅になりました。本来ならば夏の旅行がベストですが、気をつけて運転することを心がけルート66の起点であるシカゴからニューメキシコ州ギャラップまでを走破しす。これから数回に分けてアメリカのマザーロードを紹介していきます。行く前にルート66に関する書籍を探したのですが、日本ではあまり関連本が刊行されてなく、情報収集に苦労しました。最終的にはアメリカのウェブの情報を断片的に拾い、地図と照らし合わせながらスケジュールを組むというとても時間のかかる方法で全体プランを組みました。ウェブで調べると、ルート66上には歴史的に重要なポイントから、あまり意味のない商売のためのポイントまでいろいろとまざって紹介されています。今回は商売として行われている小判鮫商法の施設は飛ばし、ルート66が持つ「古き良きアメリカ」を追い求めていこうと決めました。なので、最近できた蝋人形館やルート66と名を付けたスーベニアショップは飛ばします。

<シカゴ>
今回は、ルート66の起点であるシカゴについてお伝えしようと思います。
シカゴは、イリノイ州最大の都市で、アメリカの交通の要となっている都市です。まず道路網ですが、全米の道路地図を見るとシカゴを中心に放射状に道が伸びています。同様に鉄道もシカゴが中心となっています。空の道もユナイテッド航空とアメリカン航空のハブ空港がシカゴにあり、やはりシカゴからスポークが伸びています。道路、鉄道、航空路、どれをみても殆ど同じように見えるほどアメリカの交通はシカゴを中心に設計されているのです。

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シカゴの街にはループと呼ばれる高架電車が走っています

シカゴの鉄道の起点は、町の中心にあるユニオン・ステーションです。ここは、映画「アンタッチャブル」で乳母車が階段を落ちるシーンで有名です。ユニオン・ステーションからはアムトラックをはじめ様々な鉄道が全米に出発しています。駅に行くと、次々と長距離列車が到着し出発していきます。ワシントンD.C.行きは"キャピタル・リミテッド"号、ニューヨーク行きは"カーディナル"号、ボストン行きは"レイクショア・リミテッド"号です。これら東海岸行きは、1日〜2日程度で都市を結んでいるので比較的短い路線です。
長い路線は、やはり西海岸行きです。オレゴン州ポートランド行きは"エンパイア・ビルダー"号。ロッキーの山越えは圧巻、一度は乗ってみたい路線です。カリフォルニア州サンフランシスコに向かうのは"カリフォルニア・ゼファー"号です。そしてロサンゼルスに向かうのは"サウスウェスト・チーフ"号です。この"サウスウェスト・チーフ"号は、ルート66とほぼ同じ場所を走っています。なので車でルート66を走っていると何回かこのアムトラックに遭遇します。一緒に同じ方向に向かっている仲間、ロサンゼルスからシカゴに戻る仲間を見るととても親近感が沸く列車なのです。

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アメリカ鉄道の起点、ユニオン・ステーション

シカゴの中心的な空港はオヘア空港です。世界で最も忙しい空港と呼ばれるほど離発着の便がおおいのが特徴です。シカゴからは、米国国内の殆どの目的地に直行便があり、世界の主要都市とも便があります。日本からはJALとANA、UAなどが東京=シカゴ便を毎日飛ばしています。

そんな交通の要にルート66の起点があります。もともとネイティブ・アメリカンが使っていた古い道がセントルイスとミズーリ州スプリングフィールドにあり、この道を東西に拡張する形でルート66が誕生しました。よって、シカゴからセントルイスまでは、1926年に作られた道で、それよりも遥か前からネイティブ・アメリカンは、東西交易のためにアメリカ大陸を行き来していたのです。ルート66が「マザーロード・オブ・アメリカ」と呼ばれる所以がここにあります。

では、シカゴで数少ない「ルート66」上にある見るべきポイントをあげておきます。残念ながら、シカゴには、ルート66にまつわるポイントがそれほどおおくありません。町が大きくなり様々な産業が発達したため人々はこの古い道に執着しなくなったのでしょう。道路名も変わり、旅行者だけがかつてのルート66を探しだし古き良きアメリカを旅しているのです。

スタート・ポイント
rt66-01.jpgシカゴの起点は、現在Jackson Blvd.という名前になっています。シカゴの中心地にあるこの道は、シカゴに住む住人の間ではそれほど注目されていません。しかし今でも道の終点には「Histric Route 66 END」という標識があります。Jackson Blvd.は、ENDという標識がある地点から100mほど東のミシガン湖畔まで伸びていますが、この部分は埋め立て地です。かつては湖だったので、少し奥まったところからルート66はスタートしているのです。
ここからロサンゼルスにある西側の終点まで2300マイル、とても長い道が続いていると考えるとなんとも不思議な感覚に陥ります。かつてこの辺りから西に向けて旅を続けた人たちが何人いたのでしょう。おおくの旅行者は人生を変えるために全てを賭けて旅立っていったのです。そしておおくの人が挫折していきました。名作「怒りの葡萄」では、そんな人生に翻弄される人々を描いていました。
さぁ、いよいよ出発です!

Mitchell's Restaurant
起点から車で10分ほど走ると左手に見えてくるノスタルジックなネオン。ルート66がまだ現役だった頃からある昔ながらのダイナーです。メニューは、卵料理中心の朝食メニューからステーキまでバラエティにとんでいます。そして、それらの料理は手作りです。メイプル・シロップ、ケーキ、全てオリジナルのレシピで作られていてとても素朴な味です。アメリカのチェーン店にはない暖かさを感じられる懐かしさ漂うレストランです。

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このレストランは、朝からオープンしており、地元の人々が朝食を食べにきていました。私が言った時は近くの駐車場で働く人々がコーヒーと自家製のベーグルを注文していました。客のおおくが顔なじみのようで、店員のおばさんたちは、ひとりで来店した客の隣に座って話し込んでいます。こういう気さくな関係をきずいているのがシカゴらしいです。日本ではお客さんに馴れ馴れしいということでフランクに接することができない環境がありますが、きっと昔の日本にもこんな光景があったのでしょう。システム化されすぎた寂しい日本、このシステムはアメリカから輸入されたはずなのですが、むしろアメリカの方が人情味あふれる場所に見えました。

Henry's
rt66-o4.jpgシカゴの中心部を抜けしばらく南に向かうと、かつてアル・カポネが支配していたシセロという町に着きます。そこにあるホットドック店です。シカゴから伸びるOgden Ave.がかつてのルート66です。この道沿いに店はあります。特徴的なサインがあるので見落とすことはないと思います。ここのホットドックは面白く、なんとパンにソーセージとフレンチ・フライが挟まっているのです。ちょっと食べにくいですが独特の味は忘れられません。
この店にも人懐っこい店員さんがいました。私たちはオープン時間より少し早く到着してしまいましたが、店の中からもう少し待ってくれという合図が。すると大急ぎで準備を始め店をオープンしてくれました。結局オープン時間は、通常通りだったのですが、客が来なかったらもっとゆっくりと準備をしていたのでしょう。そんな適当な営業時間のお店です。味は大味で巨大なホットドックですが、どこか懐かしい味でした。

Tips from the traveler -----
今回の旅行、行く前の天気予報はスノーストームでした。旅行者への警告が出されていて、州を横断する車での移動は避けるべきだという内容でした。そして1ヶ月前に予約したレンタカーは4WDではなく普通のセダンタイプでした。4WDは全車予約済みなので、もしかしたらシカゴで数日間足止めになってしまうのではないかと心配でした。到着した日は、ラッキーなことに雪はやんでいました。そしてハーツのオフィスでダメ元で聞いてみたところ4WD車があったのです。我々はなんとか翌日の朝にシカゴを出発できました。しかしシセロ付近で雪が降りはじめ、辺り一は雪景色となりました。慎重にアクセルを踏み、ゆっくりと前進するという緊張感に満ちたスタートとなったのです。

ネットで冬のルート66の旅について調べたのですが、特に情報はなく、シカゴに住んでいる知人に聞いても的確な答えがない状況での出発でしたが、やはり冬の車での旅行はリスクがありお勧めできません。行くとしたら4DWは必須だと実感しました。

次回は、シカゴの南にあるウィローブロックからセントルイス手前までをお伝えします。トウモロコシ畑の広がるアメリカの田舎町に入っていきます。


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Go West ! ルート66 の旅 0/8 [>route 66]

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今まで2回アメリカ、ルート66の旅をお伝えしてきました。

「グランドサークルとルート66を巡る7日間」では、2006年の旅行を基にロサンゼルスからニューメキシコ州ギャラップまでルート66を走り、そこからアメリカの国立公園を巡る7日間をご紹介しました。日本人観光客が一番楽しめるポイントをピックアップしています。

「ルート66 2008」では、ロサンゼルスのサンタモニカにあるルート66の西の終点から東に向かってアリゾナ州フラッグスタッフまでにある主要な街を紹介しています。

アメリカのマザー・ロードと呼ばれるルート66。西半分を2回走ってみて様々なことが見えてきました。かつて生活苦に喘いだ貧しいアメリカ人家族が、一大決心をして西へと進んだ道。モータリゼーションの普及と共に米国大陸を貫く動脈として機能した道。そしてその道沿いにできた沢山の街、そしてそこに住み着いた住人達。日本にいるとなかなか接することもなく、知ることもない歴史に残らない場所や人、そしてドラマを含んだルート66は、とても魅力的で、行く前よりもさらに興味が沸いてしまう不思議な場所でした。


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そんな中、私は1冊の本に出会います。「「ルート66をゆく アメリカの「保守」を訪ねて」(松尾理也著)というルート66を扱った新書です。タイトルに惹かれて何気なく購入したこの本には、とても興味深いことが書かれていました。アメリカの保守は、確かにルート66が走る中西部に固まっています。私は単なるアメリカの田舎者が、進歩的な考え方についてこられないだけだと思っていたのですが、近年のアメリカ大統領選挙や進化論否定論議などのニュースを見ていると、保守層が米国国民の半数、もしかしたらそれ以上いるのではないかと思えるようになってきました。何故、それほどまでに保守的な人々がアメリカにおおいのか訳が分からなかったのですが、この本を読むととてもわかりやすく理由が書いてあったのです。詳しくは本を読んで欲しいのですが、このアメリカ保守の王国を貫いているルート66にまた興味を抱いてしまいました。

過去にルート66を走ったのは、2回共に同じ道のりでした。それはロサンゼルスを起点にした西半分です。州でいうとカリフォルニア州、アリゾナ州です。ルート66は、歴史的にみると、アメリカの東部に住んでいた貧困層が西に夢を求めて移動した道です。そこで、今回はかつてアメリカ人が歩んだ方向で、まだ行ったことのないルート66を見てみようと思いました。名作「怒りの葡萄」では、オクラホマ州からカリフォルニアに向かう家族が描かれていました。当時のゲートウェイはセント・ルイスだったそうです。
私は、ルート66の東端であるイリノイ州シカゴのアダムス通りを起点に、ミズーリ州、カンザス州、オクラホマ州、テキサス州を抜け、ニューメキシコ州ギャラップまでを旅する計画を立ててみました。


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この道を辿ると、かつて行ったルート66をあわせると始点から終点まで走破することになります。遂に学生の頃から思い描いていた夢が達成されます。

ただ走るだけではなく、今回はアメリカの歴史、保守層という地盤、そこに住んでいる人々に触れてくるつもりです。そして、自分が住んだことのある「アメリカ」の現実を発見してこようと思います。

この旅行は、2009年12月25日より開始します。
今回のブログはその予告編でした。
どうぞディープ・アメリカ、バイブル・ベルトの旅をお楽しみに!

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ルート66 2008 3/3 [>route 66]

ルート66の旅、今回が最終回です。2008年は、ルート66の最西端サンタモニカからアリゾナ州フラッグスタッフまでの区間を旅しました。この区間は、ルート66を通るおおくの観光客が選択しています。理由は、ロサンゼルスを起点として、比較的簡単に往復できること、そして古き良きアメリカの景色が集中して残っていること、近くにラスベガスやグランドキャニオンといった有名観光地があるので、そことセットで行けることなどがあげられます。

前回は、サンタモニカからニューベリー・スプリングスのバグダッド・カフェまでを紹介したので、今回はニューベリー・スプリングスからフラッグスタッフまでを記します。

<ニューベリー・スプリングス Newberry Springs >
このあたりは砂漠なので、普段は殆ど雨が降らないのですが、私が行ったときは雷を伴う豪雨が降っていました。そして、バグダッド・カフェに到着すると、カフェが営業していませんでした。でも店の前に車を止め店内をのぞくと、店員さんが出てきて、先ほどの雷で停電になったと嘆いていました。店はオープンしているので中にはいると、店伝直後だったようでまだコーヒーが保温機の上で暖かい状態でした。申し訳ないのでそのぬるいコーヒーを頂き、しばしの休息です。店には、ここを訪れた人たちのダイアリーが残されています。以前来たときに書いておいたメモを探してみました。そして新たに記録を残しました。そんなことをしていると電気が復活。店員さんは、すぐにジュークボックスにお金を入れ「Calling You」を流してくれました。こういう気配りがアメリカの田舎旅行を楽しくさせてくれます。

バグダッド・カフェを出発して、旧ルート66を東に向かうと、ガソリンが少なくなっていることがわかりました。そこで、近くのガソリンスタンドに立ち寄ると、例の豪雨でまだ停電しています。当然ポンプが動かないので給油はできません。仕方がないので、次の給油所まで走ることになりました。

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ここからが恐ろしい体験の始まりです。
次の街はカリフォルニア州とアリゾナ州の境にあるニードルズという街です。そこまでは約80マイルあります。車のトリップコンピュータでは、残りのガソリンで60マイル走れそうです。よって、ニードルズで給油する前にガソリンが尽きることになります。でも、途中にはいくつかの街があるので、そこでガソリンスタンドを探すつもりでした。
しかし、途中の街は、家が1軒もないようなゴーストタウンでした。かつてはきっと街があったのでしょう。しかし高速道路の開通で街は消滅し地図に名前だけが残っているようでした。あとはひたすら砂漠が続きます。まずいなあと思っているのですが、全く街がないのです。あぁ、困った。

いよいよガソリンが尽きてきました。車のコンピュータが警告してきます。ラッキーなことに、あと数マイルで休憩所らしきものが見えてきました。車も結構止まっています。なんとかあそこまで行けばきっとガソリンスタンドがあるという期待で、燃費を良くしながらたどり着いたら、そこはただのトイレでした。トイレ休憩している人に聞いてみても、殆どが観光客で、ガソリンスタンドの場所なんて知りません。そこで、トラックの運転手に聞いてみると、この先のJavaという小さな街にスタンドがあると教えてくれました。確かに休憩所からは東に蜃気楼のように数本の木が立っているのが見えます。きっとあれがJavaの街なのでしょう。

とりあえず、ソロソロと車を発進させました。そして遠くに見える蜃気楼の街に向かったのです。その街は蜃気楼ではなく実在していました。砂漠の中に、ガソリンスタンドと、その経営者の家があるだけの街、Java。ガソリンは殆ど底をついていました。とんでもない値段のガソリンでしたが、満タンにして出発です。ここにスタンドがなかったことを考えるとぞっとします。皆さんもRt40沿いのルート66を走るときはガソリンを満タンにしておくことをお勧めします。

<ニードルズ Needles>
ここは、グランドキャニオンやフーバーダムを通ったコロラド川の下流に開けた街です。水の力は凄く、この街の周り一帯は砂漠なのに、ここだけ木々が沢山はえています。街自体はこの近辺では結構大きいですが、なんだか寂しいところでした。街の産業は、おそらくケミカル工場があったので、工場で成り立っていると思いますが、他にはなにもなく、ちょっと立ち寄りにくい感じでした。

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<オートマン Oatman >
ニードルズでは、旧ルート66は、途中で行き止まりとなります。かつてはコロラド川に橋が架かっていましたが、今はその橋は工場のパイプラインになっています。一般車は、RT40に乗り、川を越えます。川が州境になっていますので橋を越えるとアリゾナ州です。アリゾナに入って直ぐに旧道が復活します。バーストーからここまでルート66と平行して走ってきた高速道路40号線は、ここから分かれてしまいます。旧道は、山越えをして次の街キングマンに向かいます。新しいRt40は、山脈を迂回しながらキングマンに向かいます。

オートマンへの道は寂しく険しいです。夜は走行を避けるべきです。でもこの町に行く価値はあります。旧道を走っていくと、見たことのないような形の山が見えてきます。その山を目指して走ると、尖った鉛筆のような山の裾野を迂回します。この辺りからは絶景ポイントの連続です。峠道を走っていくと、驚くような光景が続きます。そして、かつてゴールドラッシュの頃掘られた金を探す無数の穴が岸壁に開いているのです。なんだか西部劇の時代に迷い込んだような錯覚になりました。
そして、そんな山の中に、ポツンとオートマンという街が存在します。この街、これまた時代に取り残されたような西部劇の街なのです。数百メートルのメインストリートには、西部劇で見たことのあるSALOONやホテルが建っています。驚いたのは、こんな古い町に人が住んでいるのです。私たちは、車を止め、クラーク・ゲーブルが新婚旅行の時に泊まったホテルを見学しました。そして近くのSALOONへ。そこには、テンガロン・ハットを被った地元の人がカウンターで酒を飲んでいました。まるで西部劇のようです。外物の我々は、ちょっと緊張しながら飲みものをオーダーしました。すると、ひとりの老人が、ごちそうすると言い出したのです。「Welcome to Oatman !」と店の人が乾杯します。緊張が解けたというか、映画の1シーンのようで驚きました。その後は、1時間以上彼ら地元の人々と談笑して分かれました。

オートマンは、時間の流れから取り残された街。そこには、まるで亡霊のような住人が暮らしていて、来る人を歓迎してくれました。

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<キングマン Kingman >
キングマンは、かつてはルート66の宿場町として栄え、現在はアメリカを東西に走る高速道路93号線とラスベガスを結ぶ要として栄えています。この街にはほとんどのモーテルチェーンが宿を構えていて、沢山のガソリンスタンドとレストランが並んでいます。ルート66を旅するならこの街に一泊するのもいいでしょう。ロサンゼルスからラスベガスへレンタカーで向かう人は、この街経由で旅するとアメリカドライブが楽しめます。
キングマンには、当然ルート66ミュージアムがあります。ここには、かつてルート66が栄えていた頃の写真などが展示されています。

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<セリグマン Seligman >
キングマンからセリグマンまでのルート66は、大きく北に迂回します。かつては、キングマンの東に山があり道路を通すことが不可能だったからです。現在は高速道路40号線が走っているので、この2つの街は数十分で行き来できますが、昔は2時間近く迂回していたのです。旧道ルート66は、高速道路40号線になり、かつての面影は多くの部分で失われたのですが、ここは、かつての道がそのまま残っている貴重な場所でもあります。
キングマンからセリグマンまでは、のんびり旧道を走ることをお勧めします。ここには、よく写真で見かけるルート66が集中して残っています。そして忘れ去られた街がポツンと残っています。

<ウィリアムズ Williams >
ウィリアムズも、また古き良きアメリカが残る街です。ただし、この街はグランドキャニオンへのゲートウェイとなるので、セリグマンほど寂れていません。街の両端にはいくつもモーテルが並んでいます。グランドキャニオンが混んでいるときはこの町で宿泊する人がかなりいるのです。でもメインストリートは懐かしい雰囲気が漂っています。おそらく街が開発を拒んでいるのでしょう。古いアメリカが残るウィリアムズは、観光客にとって宿泊しやすい環境になっています。

<フラッグスタッフ Flagstaff >
ウィリアムズから高速道路40号線を1時間ほど走るとフラッグスタッフという街に着きます。ウィリアムズの隣町です。そのくらいこのあたりは何もありません。ウィリアムズとフラッグスタッフの間にあったルート66は高速道路40号線になったので旧道は存在しません。ウィリアムズ辺りまでは砂漠だったのですが、それからフラッグスタッフまで急に森となります。周りの景色が一変するのです。なぜかというとこの辺りは標高が高く、森林地帯になるからだそうです。うっそうとした森が果てしなく続きます。
そんな森の中にフラッグスタッフという街があります。周囲数百キロの中で一番大きい町です。大きいといっても車で20分もあれば一周できてしまうくらいの規模です。ここは、高速道路40号線の宿場町として、そして大学の街として栄えています。
ルート66を東に向かう場合、この先は高速道路40号線となっていて、次の大きな街はまる1日走ったアルバカーキです。よって旧道ルート66を旅する人や高速道路40号線を走る運送者のほとんどは、この街で一泊します。
この町で面白いのは、陸の孤島なのにやたら鉄道が活発なことです。Santa Fe 鉄道が山手線並に走っているのです。といっても旅客ではなく貨物です。大きな先頭車両が2台ついた長い貨物列車が頻繁に走っているのです。列車が街に入るときは汽笛を鳴らすという法律があるそうで、フラッグスタッフの街の際にあるモーテルに泊まると、一晩中警笛の音がなっていることになります。もし警笛音が気になる場合は、鉄道近くのモーテルは避けるべきです。
フラッグスタッフは、まあまあ大きい街ですが、一流のホテルやレストランはありません。ホテルはモーテルのチェーンしかないのでご注意を。あと食事はかなりひどいですが、駅前に日本食があります。このあたりでは貴重ですし味は悪くないのでお勧めです。

サンフランシスコからフラッグスタッフまでの主要な街を3回に渡って紹介してきました。如何でしたか?
ルート66は、ロサンゼルスからシカゴまでの長い道です。現在でも車で最低5日くらいはかかりますので、全線走るには、体力と気力と勇気が必要です。でも今回紹介した路線は観光客が多いですし比較的簡単に走ることができます。
もしアメリカドライブを計画する時には、このルートを思い出して下さい。そしてこのブログが何らかお役に立てば嬉しいです。
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